かなり映画に詳しい人でも知らないであろう『この生命誰のもの』という作品がある。1981年の作品で、主演はリチャード・ドレイファスとジョン・カサベテス。監督はジョン・バダムだ。内容は近代芸術のアーチストが交通事故で全身麻痺になってしまい、病院暮らしをするものの、脳裏にあふれるイメージを具体化できず、安楽死を病院側に求めようとするものだ。公開当時のポスターは画面下位置に横渡っているリチャード・ドレイファスの暗い顔と傍らで泣く看護婦。そしてポスター全体を暗闇から抜け出そうとするかのような手のイラストが覆っている。こんな暗そうな映画、誰が見るんだろうと思って、当時、中学2年だった自分は劇場に行ったのだが、予想通り劇場はガラガラだった。丸の内ピカデリーという大劇場でこうした映画が公開されたのも謎だが、劇場に車椅子で来ていた観客がいたことは忘れられない。彼はこの無関心ぶりをどう受け止めたのだろうか?しかし映画はそんなこととは関係なく、非常に密度の濃い内容だった。芸術のイメージをモノクロの映像で神秘的に見せたり、病院内で起こる裁判劇もスリリングかつ、中坊だった自分にさえも安楽死というものを考えさせる見事なものだった。自分はAD時代、ある局の報道番組で鈴木清順監督と共にドイツに安楽死の取材に行ったこともあるが、その取材の時にも大いに下支えになった思い出がある。因みに安楽死を望むリチャード・ドレイファスの弁護士は『レディ・イン・ザ・ウォーター』で嫌味な映画評論家を演じたボブ・バラバン。なぜこの映画の話をしたかというと、先日アメリカで突然DVDが発売されたからだ。アマゾンコムにはDVD化されていない映画でも、DVD化が決定したら通知するというシステムがあり、ここに登録しておいたので知らせが来たのだ。早速取り寄せ、見直したが、映画から当時の魅力が全く消えていないことに驚かされた。
公開当時、自分はこの映画の素晴らしさを友人・知人に伝えたものの、公開から10日後という半端なタイミングで劇場は打ち切りを決定。急遽変更されたプログラムは『レイダース/失われた聖櫃<アーク>』と『タイタンの戦い』の2本立てだった。その後、名画座にもかかることはなく、テレビ放映も深夜枠で1回限りという幻の作品になってしまっていたが、こうして再会できたことを本当にうれしく思う。どうかWOWOWでもハイビジョンでオンエアを実現してもらいたい1本だ。(飯塚克味)