<悲痛な、あまりにも悲痛な、恋愛映画=人生>

「彼女が私にキスした時、私は生まれ、彼女が去った時、私は死んだ。彼女が愛してくれた数週間、私は束の間の人生を生きた」(本作中のハンフリー・ボガートの台詞)

「ニコラス・レイはどんな作品にも彼自身の個人的な感情や思想をなまなましく描いています。『孤独な場所で』はその最もリアルな切迫した告白のような映画なのです」(フランソワ・トリュフォー 最後のインタヴューⅦ 「季刊リュミエール9」)


kodokunabasyode.jpg 社会の片隅で孤独に生きるアウトサイダーたちの、純粋でロマンチックなだけにいっそう脆くて傷つきやすい心を、みずみずしくいきいきと、また時には観る者の胸を突き刺すような鋭い痛みを伴って繊細に浮き彫りにした、ハリウッド屈指の映像詩人ニコラス・レイ。共に社会から疎外された男と女が宿命的に出会い、それまで各自閉じ籠っていた固い殻を突き破って、互いに手を差し伸べ、心を通い合わせる時、そこに至上の愛と詩情が生まれ落ちる。レイの名を映画史に鮮烈に刻みつけた監督デビュー作の『夜の人々』(1948)をはじめ、『危険な場所で』(1952)、『大砂塵』(1954)、『理由なき反抗』(1955)等々、彼の最良の作品群は、フィルム・ノワールや西部劇、青春映画等の見かけ上のジャンル分けには関係なく、いずれもこの上なく美しいメロドラマ世界を形作ることになる。

 『孤独な場所で』(1950)も、やはりまぎれもなくその系譜に連なるレイ映画であり、また彼のメロドラマの傑作群の中でも最も悲痛でほろ苦い1本と言えるだろう。本作の物語の舞台となるのは、第2次世界大戦後の映画の都ハリウッド。作品の芸術性よりも商業的成功が何より重んじられるその地にあって、ヒット作から見離された人間は何の存在価値もなく(ハンフリー・ボガート演じる映画脚本家の主人公は、自分が誰かも知らずにサインをねだる少年に対してばかりでなく、「彼はただの無名の存在よ(nobody)」と言い捨てる別の少女の言葉にも、ただ自嘲まじりの苦笑を浮かべるほかない)、親の威光を笠に着た横柄な「2世」プロデューサーは、今や哀れな酔いどれに落ちぶれた往年の名優に対する礼節など、少しもわきまえてはいない。そうした周囲の状況に一向に馴染めず、心の内に鬱積させた苛立ちや憤懣を時に爆発させて、兇暴な一面を顕わにするボガートは、ますます孤立と疎外感を深めていく。そして、真偽の定かでない噂話や風評ばかりが本人の背後で素早く飛び交うこの狭い村社会にあって、ある若い女性の殺人容疑をかけられた彼は、すっかり周囲から犯人扱いされることになるのである。

 ここには、当時ハリウッドで進行中だった赤狩りの人間不信と異端者排斥の抑圧的空気が濃厚に反映されている。主に脚本家から成る10人の映画人たち、いわゆる"ハリウッド・テン"が、下院非米活動委員会における証言を拒否して議会侮辱罪に問われ、下獄したのが、まさに1950年のこと。その赤狩り時代のハリウッドを描いた映画『真実の瞬間(とき)』(1991)の原題であるGUILTY BY SUSPICIONとは、「疑わしきは罰せず」ならぬ、「疑わしきがゆえに有罪」を意味する。そして、『孤独な場所で』の発表から2年後の1952年には、劇中、ボガートの突発的暴力によって自らも傷つけられながら、なお彼の庇護者的立場を貫き通す温厚なエージェントを演じた俳優のアート・スミスが、(レイにとっても)グループ・シアター時代からの良き演劇・映画仲間であったエリア・カザンその人によって、共産主義者であると名指され、文字通り、赤狩りの犠牲者となってしまうのである(その後レイは、『大砂塵』においても、赤狩り時代の狂気をより苛烈に描き出すことになる)。

 さて、こうして苦しい立場に追い込まれたボガートの前に、彼のアリバイを証言する救いの天使として、魅惑的な美女グロリア・グレアムが現われるのだ。そして2人は宿命の恋に落ち、ボガートは新しく生まれ変わったかのように、仕事への、そして人生への情熱を取り戻していく。しかしなお、彼の周囲で続けられる執拗な警察の捜査に苛立ったボガートは、せっかく運命の相手たるグレアムと出会い、かけがえのない愛を手に入れながら、自らの心の内に宿した自己破壊的な暴力衝動(しかし実際にはそれは、他の多くのレイ映画と同様、主人公を取り巻く外的環境が醸成させたものにほかならず、決して"理由なき"ものなどではない)をますます募らせて、その愛を内側から打ち砕いてしまうのである。

 ここで1つ例を思い起こすならば、本作に引き続いて撮られた『危険な場所で』で、ロバート・ライアンが演じる主人公の刑事も、都会の闇夜に蠢く犯罪者たちと始終やりあう暗鬱な日常生活を送っているだけに、心がすっかり荒み、たえず沸々とした怒りと暴力衝動を胸の内に煮え滾らせていた。しかし彼はその後、盲目のヒロイン、アイダ・ルピノとの宿命的な出会いによって、その内なるデーモンを鎮め、幸運にも感動的なハッピーエンドを迎えることができた。しかし、『孤独な場所で』の主役の男女に、その甘美な奇蹟は許されない。2人がいったんは希望と幸福を見出した後に訪れる愛の破局、そして各自がそれぞれ味わう幻滅と絶望は、あまりにも深くてほろ苦い。

 実はこれには、ほかならぬ大きな要因がある。既に多くの映画ファンが知る通り、本作でヒロインを演じたグレアムは、この時、レイの妻だった。彼女は、先に準主役を務めた『女の秘密』(1949)の撮影で監督のレイと知り合って親密な間柄になり、妊娠。その時、人妻であった彼女は、先の夫との離婚が成立した直後にレイと再婚し、やがて出産するが、結婚当初から2人の関係はうまくいかず、本作の撮影時、既に破局の危機を迎えていた。そして、撮影の半ばに2人は実際に別居状態にまで至るが、その事実を2人は周囲には誰一人知らせず、ひた隠しにする一方で、レイとグレアムは、本作の製作にあたって事前に契約書を取り交わし、撮影現場においては、グレアムは監督のレイの指図にすべて従うことが義務付けられていたという。そして映画の撮影中、先に用意されていた脚本はたえず書き換えられ、監督と俳優陣を交えた現場での即興的セッションの中から、男女の愛の本質により鋭く肉薄する現行版へと練り上げられていった。まさに本作は、レイとグレアムの結婚生活の破綻をその背景に、1組の男女の愛の誕生からその破局に至る過程を生々しく綴った、迫真のドキュメントとして生み落とされることになったのである。

 そして映画が公開された翌年の1951年のある日、グレアムはなんと、レイが前妻との間にもうけた13歳の息子アンソニー・レイとベッドを共にしているところをレイに発見され、2人の仲は完全に決裂。レイと離婚した後、グレアムは別の男性との3度目の結婚・離婚を経て、1960年、既に成人となったアンソニー・レイと結婚するという、何とも数奇でスキャンダラスな人生を歩む。ちなみにそのアンソニーが、『孤独な場所で』におけるエモーショナルで現場重視のレイの映画作りをまさに受け継いだ、直系の後継者と言うべきジョン・カサヴェテスの監督デビュー作、『アメリカの影』(1959)に俳優として出演しているのも、不思議な運命のめぐりあわせというべきだろうか。


 なんだかすっかり妙な方向へ話が流れてしまったので、最後は、神聖なる映画作家レイの名声と評価を決定づけた若き日のジャン=リュック・ゴダールの映画評論に立ち返り、その一部を引用することで、この拙文を締め括ることにしよう。「しかし今では映画がある。そして映画と言えば、それはニコラス・レイのことである」とゴダールが最大限の讃辞を捧げた例の有名な一文「星のかなたに」の後半に登場するくだりである。本来ここでゴダールが述べているのは、レイの別の映画『にがい勝利』(1957)なのだが、この作品以上に次のゴダールの言葉が当てはまるのは、やはり本作『孤独な場所で』を措いてほかにはないと思うので、作品名だけ入れ替えたのをご了承願いたい。

 「...『孤独な場所で』は人生の反映ではなく、映画の形をとった人生そのものだからである。映画によって鏡のなかに捕らえられ、その鏡の裏側から見つめられた人生そのものだからである。この映画は映画のなかで最もあからさまな映画であると同時に最も内に秘めた映画である。最も繊細な映画であると同時に最も粗野な映画である。これは映画ではない。映画以上のものなのだ」(「ゴダール全評論・全発言Ⅰ」)


「孤独な場所で」
[WOWOWシネマ][字] 11月21日(月)よる7:00
[WOWOWシネマ][字] 12月12日(月)午前9:35



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【告知】
第12回東京フィルメックスで「ニコラス・レイ生誕百年記念上映」を開催!
N・レイ晩年の監督作『ウィ・キャント・ゴー・ホーム・アゲイン』(11/24,11/26)と、レイに関するドキュメンタリー『あまり期待するな』(11/23,11/26)を上映。
第12回東京フィルメックス 11/19(土)~27(日) 東京・有楽町朝日ホール
http://filmex.net/2011/sp3.html



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