「特集:香港の鬼才ジョニー・トーを見よ!」 (池田敏)

2009.09.25

~アジア屈指の電影王国=香港は今なお健在。異才ジョニー・トー監督のディープな魔宮!~

チャウ・シンチーの熱血弁護士.jpg 1980年代半ば、日本の映画ファンの多くが、いきなり後頭部を殴られたような強い衝撃を受けた。"えっ、香港映画ってこんなに面白いの!?"と。その中心にあった2本の傑作が、ジャッキー・チェン主演・監督の「プロジェクトA」(1984)と、"香港ノワール"という言葉を生んだ「男たちの挽歌」(1986)だ。ジャッキーみずから負傷覚悟で臨んだ前者の"時計台落下シーン"はあまりにも有名。そして、仁義を信じて戦い抜く熱い男たちを描いた後者も多くの映画ファンに衝撃を与えた。しかし、続く1990年代、香港の映画界に激変が訪れる。1997年の"香港返還"がきっかけだ。香港が中国に返還されるという社会の大転換の中、ジャッキーも、「男たちの挽歌」のジョン・ウー監督もハリウッドに活路を見出して香港を後にし、サモ・ハン(・キンポー)やチョウ・ユンファといった俳優たち、ツイ・ハークやリンゴ・ラムといった監督たちも続いた。1990年代から2000年代にかけて香港映画の年間製作本数は3分の1から4分の1にまで減ったといわれる。
 では、誰も香港に残らなかったのか。答はノーだ。後に「少林サッカー」を手がけるチャウ・シンチーなどが香港にとどまり、大物たちの不在を埋め合わせるかのごとく野心的な娯楽作を次々と放ち続けた。ハリウッド・リメイク版の「ディパーテッド」にアカデミー作品賞をもたらした傑作「インファナル・アフェア」も2002年に生まれた。

エグザイル/絆.jpg そんな香港をホームグラウンドに、いま世界的に注目を浴びている映画監督がジョニー・トー(杜王其峰)だ。2005年に「エレクション」がカンヌ国際映画祭の公式コンペティションに出品されたのに続き、2009年には最新作「復仇(原題)」(英語題"Vengeance")も出品され、監督は芸術文化勲章を授与された。トー監督は08年、ヴェネチア国際映画祭でコンペティションの審査員もつとめている。日本においても、東京フィルメックスに「PTU」「柔道龍虎榜」「エレクション」「エレクション2」「エグザイル/絆」「文雀」といった新作が毎年のように特別招待され、08年末に公開された「エグザイル/絆」がキネマ旬報の外国映画ベスト・テンの第8位に入るなど、注目度はさらに上昇しそうだ。
 そんなトー監督の作風や作家性だが、一言でいえないという難しさがある。手がけるジャンルがアクション、社会派から、コメディ、ラブストーリーまでと、幅が広すぎるのだ。それでいて"ハズレ"と思わせる作品はあまり無い。映画作家というよりは優秀な映画職人に近いのだ。それでいて、作品をなかば無理矢理に分類すると"男同士の関係を描く作品"と"男女の関係を描く作品"が多いのが分かる。前者が力強い点で日本の三池崇史監督と似ているかもしれない。だからか、トー監督を"香港の三池崇史"と呼ぶ映画評論家もいるが、三池監督が映画だけでなくビデオ用映画やTVドラマも多数手がけていることを考えると、映画一筋のトー監督と比べるのもちょっとどうかと個人的には思う。
 むしろ作品の個性にふれるなら、ジャンル性の強い作品を扱ってもそのジャンルから逸脱した部分が必ずあること、欧米の映画ならドライに仕立てるところを"しっとり"とまとめることなどを挙げるべきだろう。職人でありながらけっして型にはまった作品を作らず、"ズレ"をはらませることで逆に各ジャンルの可能性を広げる、という狙いなのか。
 ひとまずWOWOWの本特集に関しては、一度先入観を捨てて接してみてほしい。何よりまず70年以上の歴史がある香港映画の様々な伝統が、トー監督のフィルモグラフィに凝縮され、息づいている、そのことを確認しようではないか。ひいては本特集が、トー・ワールドのみならず、香港映画のエネルギッシュでディープな世界の入口になることを願う。


ファイヤーライン.jpg●「チャウ・シンチーの熱血弁護士」 10月5日(月)よる6:35 [191ch][HV][字]
 後に「少林サッカー」で日本にもおなじみの顔となるチャウ・シンチーが主演し、清の時代、広東のとある町に住む元・状師(今でいう弁護士)の主人公ソンに扮したアクション・コメディ。ソンの妻(歌手兼女優として知られるアニタ・ムイ)がワイヤー・アクションでビュンビュンと空を飛びまくる各場面からして、香港映画ならではの高いテンションに圧倒されつつ、自分は笑わずに見る者を笑わせるというチャウ・シンチーの、ストイックでいてプロフェッショナルな演技にこの頃から味があったことを再発見。何でもありと思わせておいて、物語はしっかりと法廷ミステリーに凝縮されていく手練のあざやかさはどうだ。ジャンルにこだわるよりまず観客を楽しませるという香港映画のイズム(主義)を感じずにいられない。1992年の香港で興行収入年間No.1を記録したというのも納得。

●「ファイヤーライン」 10月6日(火)よる7:00 [191ch][HV][字]《劇場未公開》
 ハリウッドのヒット映画「バックドラフト」から遅れること5年、というのが微妙でなくもないが、出来あがったのは"香港版「バックドラフト」"と呼ぶにふさわしい力作エンタテインメント。前半は"香港消防署日記"といった感じで地味だが(しかし人間関係など後半への伏線多数)、繊維工場の火災とそこで展開する壮絶な脱出劇を描いた後半はまさしく圧巻。これも有名だが、香港映画はアクション場面でなるべくスタントマンを使わず、役者自身に危険な場面を演じさせるのが伝統。"これはいくら何でも役者じゃ無理だろう"といわれる危険ワザばかり任されるスタントマンの厚い層から、ジャッキー・チェンもサモ・ハンも生まれた。本作でも役者たちは実際に炎の近くで演技させられたはず。「バックドラフト」が男っぽさ一辺倒だったのに対し、こちらは女性キャラ陣が活躍するのもいい。

ブレイキング・ニュース.jpg●「ブレイキング・ニュース」 10月7日(水)よる7:10 [191ch][HV][字]
 「ヒーロー・ネバー・ダイ」(1998)や「ザ・ミッション 非情の掟」(1999)あたりから"男の世界"に独自の味わいを加え、"香港ノワール"後継者の最右翼に浮上したトー監督が「PTU」(2003)を経て、より社会性の高い裏社会エンタテインメントに挑んだ野心作。誰もが分かる題材を取り上げるのでなく、どんな題材も誰もが分かる味に料理しようという気概の進化。今や伝説的になりつつある冒頭7分間の長回しシーンは、犯罪映画のファンならいつまでも続けばいいのにと願うほどの緊張感。銀行強盗グループと現場警官たちの死闘にマスコミを利用しようと目論む警察上層部の思惑を絡ませることで、たちまちこれまで誰も見たことが無い犯罪サスペンスに仕立てたトー監督の目の付けどころ。悪役すれすれの女性指揮官を、日本でもおなじみの美人女優ケリー・チャンに演じさせることで、ジャンルのファンだけに分かればいいなんて狭小な態度と一線を画した、真の大衆性を見出せる。

僕は君のために蝶になる.jpg●「僕は君のために蝶になる」 10月8日(木)よる8:20 [191ch][HV][字]
 台湾のアイドル・グループ《F4》のイケメン、ヴィック・チョウを主演に迎えながら、彼をいきなり死んだことにして幽霊の役を演じさせた、意表を突くラブ・ファンタジー。明らかに米映画「ゴースト ニューヨークの幻」(1990)の影響下にあることを思わせるストーリーだが(そんな身も蓋もない狙いがまた香港映画らしい)、この世を去った者でなく去られた者である女性(「ドラゴン・キングダム」のリー・ビンビンが等身大で魅力的)をヒロインにして、ヴィック・チョウ演じる香港版ゴーストにも、黄色い蝶たちに黄泉の国へといざなわれる死者たちにも体温があるようなあたたかさ。アジアからしか生まれない恋のおとぎ話。チョウ・ユンファが主演した1980年代の佳作「過ぎゆく時の中で」(1989)も思い出すと、トー監督にとって男女の関係にロマンチシズムは欠かせないのだと思う。

●「エグザイル/絆 [PG-12指定]」 10月9日(金)よる10:00 [191ch][HV][字]/10月27日(火)深夜1:00 [191ch][HV][字]
 「ザ・ミッション 非情の掟」(1999)と多く重なるトー組常連の男優陣をキャストに迎え、トー監督が"男の美学"をこれでもかと見せつけた傑作。冒頭、壮絶な銃撃戦を繰り広げた男たちが次の瞬間にしでかす数々のあれこれに、劇場で本作を見た筆者は椅子から転げ落ちそうになった。それでいて続く各場面の異様なテンションに、これはまさしく究極のギャング映画だと痛感させられた。「BIG SHOT/日本映画のガン・エフェクト」(コアマガジン刊)によれば、俳優の世良公則は日本初のVシネマ「クライムハンター/怒りの銃弾」(1989)に主演した時、"なんか仲間とテッポウ撃ちに行くぞ!みたいなノリもありましたね"と語っていたが、古今東西、男の子たちは仲間とテッポウを撃ちに行きたいのだ。それを許さぬ邪魔者には徹底的に楯突くのだ。忘れてしまいそうな感傷をシネマスコープの画面いっぱいに焼き付けた、トー監督にとって近年で最高の1本だ。ところで劇場公開時、監督自身やキャストが"脚本は無かった"という本作だが、少なくともトー監督の頭の中には緻密なシナリオがあったと思っているのは筆者だけだろうか。



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