007スペシャル 「007/カジノ・ロワイヤル」(池田敏)

2010.03.05

原点回帰にしてシリーズの新たな出発に。ダニエル・クレイグの6代目ボンド発進!

1484.jpg 007シリーズにとってジェームズ・ボンド役の男優が変わるということは、同時に、先代のボンド男優とスタッフが培った方向性がドラスティックに変化することを意味する。

 5代目ボンド・スターはピアース・ブロスナン。1980年代にも1度ボンド役候補になったが、その頃はTV『探偵レミントン・スティール』に出演していたため候補から外され、ブロスナン・ボンドが実現したのは1995年製作の『ゴールデンアイ』から。ハンサムな上に華があるブロスナンはシリーズを再び盛り立てる立役者となった。しかしギャラが高くなりすぎたとか、ブロスナンがボンド役のイメージを固定されるのを嫌ったとか、諸説囁かれる中、ブロスナン・ボンドは『007/ダイ・アナザー・デイ』までの登場となった。

 そんな最新ボンドとして定着していたブロスナン・ボンドに去られたことに、映画化できそうな原作はほぼ映画化し尽くしたことが重なり、プロデューサーのマイケル・G・ウィルソンとバーバラ・ブロッコリはすべてをリセットしようと決めたのではないか。何より彼らには間違いなく、ある野心があったはず。それはシリーズが映像化したことがない原作の1つで、イアン・フレミング原作版「007」シリーズの記念すべき原点=第1作である『007/カジノ・ロワイヤル』を映画化するというものだ。ちなみに1967年の映画『007/カジノ・ロワイヤル』はシリーズとまったく製作会社が異なり、シリーズに含まれていない。

 主演男優を変えてシリーズを再始動させるというのは、幾ら「007」がヒット・シリーズであってもまさにギャンブルであり。まるでカジノだ。しかしウィルソンたちは、ならばとばかりにサイを大きく転がした。ツキを引き寄せる戦略は2つ。1つは『007/カジノ・ロワイヤル』の映画化を通じてジェームズ・ボンド像を再構築すること。そしてボンド役者にブロスナンより15歳若い男優、ダニエル・クレイグを大抜擢することだった。シリーズ第1作『007/ドクター・ノオ』が公開された時点で生まれていなかった、初のボンド俳優だ。

 戦略その1を支えたのは、それにふさわしいブレーンたちの抜擢で、1人は脚本家ポール・ハギス。初めて映画脚本を手がけた『ミリオンダラー・ベイビー』(クリント・イーストウッド監督)がアカデミー賞作品賞に輝き、翌年、監督作品『クラッシュ』もアカデミー賞作品賞に輝いた才人だ。もう1人は『ゴールデンアイ』に続いて、007シリーズ2作目の登板となるマーティン・キャンベル。元々英国の映画・TV界で登場人物が肉体を駆使する活劇を得意としてきた監督だけに、若返ったボンドを描くのにはうってつけの人選だ。

 そして戦略その2は無名俳優クレイグの大抜擢。大人の男の落ち着きと色気が同居するルックス(特に鍛え上げられた肉体)と舞台でシェイクスピアを演じたこともあるという実力は、新たなボンド像を演じるにあたって申し分ないポテンシャルがあったのだろう。面白いことにクレイグは、007シリーズを"大金を生む巨大な機械"だと偏見を持っていたが、いつしか自分にとって挑戦の対象に変わっていったという。

 しかし逆風が無かった訳ではない。クレイグはシリーズ初の金髪ボンドとなったが、世界中のファンから"ボンドのイメージと異なる"というブーイングが。これらに対し、それまでのボンド俳優5人のうち、ジョージ・レーゼンビーを除く4人や、もう1人のボンド候補だったクライヴ・オーウェンからクレイグを応援する声が上がった

 そして出来上がった『007/カジノ・ロワイヤル』は、全世界の合計興行収入が前作『007/ダイ・アナザー・デイ』より1億6000万ドルも多い6億ドルに近づき、シリーズにとってもクレイグ・ボンドにとっても、最高の再出発を飾った。

 その成功の理由だが、さんざん語り尽くされ、しかもその記憶がまだ遠くないという状況であえて振り返ると、殺しの番号"00(ゼロゼロ)"を手に入れたばかりのボンドが任務で時に失敗もするという、等身大の魅力を盛り込んだのが1つだろう。カジノで負けがかさみ、いつもはバーテンダーにシェイクさせる独自のドライ・マティーニを"ステアでもシェイクでもどちらでもいい"とオーダーしたり、女性(相棒のヴェスパー。魅力的なエヴァ・グリーンが好演)に八つ当たりしたり......。なおかつボンド=プレイボーイではあっても、1人の女性を愛する純粋な気持ちを持ち合わせる、そんな新ボンド像を鮮やかに提示してみせた。なお本作のヒットを機に、原作小説と同じ作り方をするマティーニが"ヴェスパー・マティーニ"と呼ばれることになったという逸話もある。

 変わったといえばボンド像や役者だけでなく、銃身の中の視点から歩くボンドを捉えた有名なオープニングやおなじみのテーマ曲が流れる、それぞれのタイミングも異なる。一方、前作までボンドの上司を演じてきたジュディ・デンチが引き続いてMを演じているのが楽しい。この大女優まで交代させる理由はまったく無かったということか。

 何よりボンドを好演したクレイグの魅力が光る。開巻は渋く登場したが、オープニング直後の活劇シークエンスでは流行のパルクール風肉体アクションを畳みかけ、ボンドを若返らせた意義を痛感させる。前出の通り、ボンドに人間味を加えた表現力も素晴らしい。

 さて、かくしてシリーズを華麗に再出発させ、クレイグをシリーズの新たな顔にした『007/カジノ・ロワイヤル』だが、もう1つの"シリーズ初"がある。それは物語が完結せず(それでも十二分なカタルシスがあるが)、次回作が続編になったことだ。

 続く『007/慰めの報酬』は、愛する者を失ったボンドの復讐を描くストーリー。但し、秘密兵器の類が前作以上に減り、美女とのラブシーンがないというのは、「007」にしてはストイックになりすぎたという声もある。とはいえ作品はまたもヒットし、クレイグには3本目のシリーズ出演が決まった。原題が2010年2月の段階で"Bond 23(「007」第23作)"であること、監督が『アメリカン・ビューティー』(アカデミー賞作品賞受賞)『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで 』のサム・メンデス監督としか決まっていないが、監督の人選からいって人間ボンドの新しい一面を描いてくれるという予感ありだ。

 何はともあれ、これから従来の路線に戻るにせよ、より新しい路線に振れるにせよ、そのさらなる活躍に期待せざるをえなくなるほど、この『007/カジノ・ロワイヤル』のクレイグ・ボンドには目映い魅力がたっぷりである。



007/カジノ・ロワイヤル
3月21日(日)午後5:30 [191ch][HV][5.1][字]
4月25日(日)午後0:00 [191ch][HV][5.1][字]
5月1日(土)午後0:30 [191ch][HV][5.1][吹]



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