"ハンニバル・レクター"シリーズ一挙放送(池田敏)

2010.08.17

レッドドラゴン.jpg 1975年に作家デビューしてからこれまでの35年間でたった5本の小説しか発表せず、なおかつ、いずれもベストセラーにしたトマス・ハリスはある意味、作家として"怪物"だが、そんな彼が5作のうち4作で描き、何度も映画化された人気キャラクター、ハンニバル・レクター博士もまた"怪物"として成長していった。各作品の面白さに加え、その成長過程を一気にたどれるのが、この「"ハンニバル・レクター"シリーズ一挙放送」だ。

 トマス・ハリスは謎に包まれた作家だ。公式サイトはあるにはあるが、著作の紹介中心でプロフィールにはふれられていない。分かっているのは1940年ミシシッピ州生まれで、新聞社や通信社で働いた後、75年に処女作「ブラック・サンデー」でデビューしたこと。この第1作、小説も面白ければ2年後に作られたジョン・フランケンハイマー監督による同名の映画化も迫力満点でいずれもお薦めだが、ハリスが小説第2作を発表したのはずっと後、何と6年後の「レッド・ドラゴン」だった。

 元FBI捜査官のグレアムは、満月の夜に起きる連続殺人事件の解決のため、かつて10人以上を惨殺して逮捕された精神科医、ハンニバル・レクター博士と会う。レクターはグレアムに事件解決のヒントを与える一方、大胆にも犯人と手紙をやり取りする。
 映画化は2度されている。1986年の「レッド・ドラゴン/レクター博士の沈黙」(劇場公開題「刑事グラハム/凍りついた欲望」)と2002年の「レッド・ドラゴン」だ。2度も映画化された理由は、続編小説「羊たちの沈黙」が1991年に、さらにその続編「ハンニバル」が2001年に映画化されて大ヒットし、もう1度「レッド・ドラゴン」を映画化しようと映画会社がソロバンを弾いたから。そして「羊たちの沈黙」「ハンニバル」でレクター博士を演じ、前者でアカデミー主演男優賞に輝いた名優アンソニー・ホプキンス、彼が演じる「レッド・ドラゴン」のレクター博士を見たいという声が猛烈に高まったからだ。

レッド・ドラゴン/レクター博士の沈黙.jpg 「レッド・ドラゴン/レクター博士の沈黙」と「レッド・ドラゴン」は基本的に同じストーリーだが、異なるアプローチで映画化されたのでぜひ両方見比べたい。前者は後に「ヒート」「コラテラル」などを手がけるマイケル・マンが監督。原題は"Manhunter"といい、主人公グレアム(演じたのは後にTV「CSI:科学捜査班」でグリッソム主任に扮するウィリアム・ピーターセン)が、連続殺人鬼の次なる凶行を防ごうと奔走する直球型のサスペンス・アクション。スタイリッシュな映像と音楽がカッコよく、マン監督信者の筆者は大好きな作品だが、レクターは数分しか登場しない、あくまで脇役だ。レクターに扮したのもブライアン・コックスという地味な男優。しかし原作(ハヤカワ文庫/訳・小倉多加志)にも「あいつは怪物さ。(中略)外見は普通だから誰にもわからないんだ」とあり、けっしてミスキャストでもない。あえていうと、原作のラストにあったドンデン返しを、この時の映画化では無くしてしまったのがモッタイナイ気がしなくもないが......。

hitsujitachinochinmoku.jpg アンソニー・ホプキンスがレクターに扮した「レッド・ドラゴン」については後述するとして、レクターが再登場した続編小説が、これまた7年も経った1988年に発表された「羊たちの沈黙」。原作も衝撃的だったが、1991年に発表された映画版もまた高いクオリティで、アカデミー賞で作品賞・監督賞・主演男優賞・主演女優賞(クラリス役のジョディ・フォスターに対する)・脚色賞という主要5部門を独占したのは、1934年の「或る夜の出来事」、1975年の「カッコーの巣の上で」以来の快挙。何より、グロテスクな遺体が映る場面もあるサスペンスだというのにアカデミー賞で好評を博したのが当時、大いに騒がれた。

 実は原作自体、ユニークな構成だ。レクター博士は文庫版(新潮文庫)の6頁に早くも名前が登場し、ヒロインであるFBI訓練生クラリスは、連続殺人犯バッファロー・ビル逮捕のためのヒントを、施設に入院させられているレクターに聞きに行かされる。ジョナサン・デミ監督は原作以上に強烈なイメージを畳みかける。施設の奥深く、まるで中世の牢獄のような一角でクラリスはレクターと対面。原作ではベッドにいたレクターだが、映画ではいきなり立った姿でクラリスを迎える(男性的だ)。常識と非常識の境界線を予測できないタイミングで飛び越え続けるホプキンスが圧倒的。終盤、二手に分かれた捜査陣をカットバックで見せる編集も素晴らしく、誘拐された女性が入れられた井戸が女性の性器、クラリスが飛び込んだ闇が胎児を包む子宮かと思うと、何度見ても楽しめる傑作だ。

 しかし、原作だけに注目すると前作「レッド・ドラゴン」と本作「羊たちの沈黙」の間には、いびつともいえる変容が見られる。前作では脇役だったレクターの登場場面が俄然増え、クラリスと並ぶ第2の主人公となっているのだ。原作者ハリスのレクターに対する偏愛が花開きだした、といってもいいだろう。

ハンニバル.jpg 原作小説第3作のタイトルはずばり「ハンニバル」。発表されたのは前作「羊たちの沈黙」から何と11年後の1999年。ハンニバルとクラリス、2人のその後を紹介しつつ新たに起きる事件の数々を描くが、「ハンニバル」の頁数は「羊たちの沈黙」のそれの約1.5倍(新潮文庫版による)。しかも全6部のうち第2部「フィレンツェ」にクラリスはまったく登場せず、ハンニバルとクラリスはいわばダブル主人公化してしまう。ハリスの筆致といい取材量といい文句なく圧倒される小説だが、1000万ドルという説もある映画化権料に比せずとも映画化の難しさは明らかだっただろう。映画版「羊たちの沈黙」のデミ監督もクラリス役のフォスターも参加を断ったが、ヒットメーカーのリドリー・スコット監督が監督を引き受ける。

 そして出来あがった映画も、新たにクラリス役に就いたジュリアン・ムーアの実力をもってしても、ホプキンス演じるハンニバルの怪物化を見届けるしかなかったという、色々な意味で今後も語り継がれるであろう怪作に仕上がった。特にクライマックスのハンニバルの優雅すぎる"晩餐"シーン。地上波チャンネルの放送では丸々カットされたので、この時しか見なかったという方はぜひ今回のオンエアで追っかけ初体験、してほしい。

 ラストで原作にないある見せ場を加えつつ賛否両論分かれた「ハンニバル」だが、興行的には大成功し、ならばとすぐに決まったのが「レッド・ドラゴン」再映画化だった。
 レクター役のホプキンスを、グレアム役のエドワード・ノートン、ダラハイド役のレイフ・ファインズ、フレディ役のフィリップ・シーモア・ホフマン、クロフォード役のハーヴェイ・カイテルら豪華キャストが囲んだというだけでも再映画化の意味は充分。「ラッシュアワー」シリーズの職人ブレット・ラトナー監督が早撮りで仕上げたとはいえ、「レッド・ドラゴン/レクター博士の沈黙」でも撮影をつとめた名手ダンテ・スピノッティが参加し(同じ原作の映画化で2度とも撮影したのは映画史的にも極めて珍しい例)、「羊たちの沈黙」のテッド・タリーが脚色し、また、ホフマンが得意のブリーフ姿を見せてくれた(笑)など、一見の価値がある娯楽大作に仕上がった。

hannibal rising .jpg さて「ハンニバル」で極まった感があった原作者ハリスのレクターに対する偏愛だが、その深い愛情のおかげか、前作発表までの期間よりも短い7年後の2006年に発表された原作小説第4作が「ハンニバル・ライジング」(新潮文庫)。映画化にあたっては「ハンニバル」「レッド・ドラゴン」の製作陣が結集し、「真珠の耳飾りの少女」のピーター・ウェーバーを監督に迎え、レクターの幼少~青年時代を中心とする原点に迫った意欲作。シリーズで初めて原作者ハリスが脚色もつとめ、レクターの美術品に対する愛情、医学の知識、そして肉好きになった背景(!)が描かれるという、やはりレクター好きには見逃せない1作に。レディ・ムラサキなる日本人女性(演じたのは中国系のコン・リーだが)にレクターが愛され育てられたなど、後の歪んだレクター史にちゃんとつながっていくあたりが一応真骨頂。

 さて、今年70歳のハリスだが、まだレクター・シリーズを続ける意志があるかどうかは現時点で不明。確かにレクターは文学界と映画界、2つをまたがる名キャラとなったが、それほどの名キャラを生んだハリスなら、異なる作品世界でもさらに凄い新キャラを生めるのではないかと期待していいように思える。とはいえ、我々がまだ知らないレクターの新たな横顔を描こうという意欲作があるなら歓迎したいというファン心理があるのも確か。いずれにせよ、骨太の作家ハリスのさらなる進化にいち読者として期待したい。


<オンエア一覧>
「レッド・ドラゴン/レクター博士の沈黙」
[191ch][HV][5.1][字] 9月21日(火)深夜2:25

「レッド・ドラゴン」
[191ch][HV][5.1][字] 9月22日(水)よる9:50

「羊たちの沈黙[PG12指定]」
[191ch][HV][5.1][字] 9月23日(木)よる10:00

「ハンニバル[R-15指定]」
[191ch][HV][5.1][字] 9月24日(金)深夜0:10

「ハンニバル・ライジング[R-15指定]」
[191ch][HV][字] 9月25日(土)深夜0:30



「レッド・ドラゴン/レクター博士の沈黙」©1986 STUDIOCANAL IMAGE. ALL RIGHTS RESERVED./「レッド・ドラゴン」©2002 Universal Studios. All Rights Reserved./「羊たちの沈黙」©1991 ORION PICTURES CORPORATION. ALL RIGHTS RESERVED./「ハンニバル」©2000 UNIVERSAL STUDIOS/「ハンニバル・ライジング」©Delta(Young Hannibal) Limited 2006 and 2006 Artwork ©The Weinstein Company



© WOWOW INC