【特別寄稿 第1弾】『ウルトラマン』とレンズ・フレア(町山智浩)

2012.08.10

<『ウルトラマン』と『ウルトラセブン』はフランスの匂いがした。>

101468_023_scene_a1.jpgいや、正確には、思春期になって60年代のフランス映画、特にヌーヴェル・ヴァーグの映画群を観始めてから、「これと似たものを幼い頃に見た」と感じたのだ。

 たとえば、レンズ・フレア。太陽など強烈な光源を直接カメラが撮った時、レンズに入った光が再反射して、絞りの形である6角形の光をフィルムに焼きつける。

 筆者が生まれて初めて、このレンズ・フレアを意識したのは、たしか『ウルトラマン』の「故郷は地球」のエンディングだ。フランスの宇宙飛行士ジャミラが国家間の威信をかけた競争の犠牲となり、密かに葬られた後、英雄として祭られる。そしてイデ隊員は「犠牲者はいつもこうだ」と視聴者に向かって怒りを吐き出す。彼の表情は逆光で真っ黒につぶれて見えない。そこにはジャミラの顔、視聴者の顔、ドラマの作り手の顔、何でもあてはめることができるだろう。その時、6角形のレンズ・フレアが見える。子どもだったので、それが何だか、わからなかったが、忘れることはできなかった。

 レンズ・フレアは、60年代までのハリウッド映画においては「カメラで撮ったこと、作りものであることをバラしてしまう失敗」であり、完成した映画には使われなかった。そもそもハリウッドではほとんどセット撮影だったので、レンズ・フレアが映る事態はめったになかったが。

 ところが59年頃からフランスで始まったヌーヴェル・ヴァーグ映画では、レンズ・フレアが映ったフィルムを平気で使った。逆にそのほうがリアルであると。その直後60年から松竹で始まった日本ヌーヴェル・ヴァーグの作家たちもレンズ・フレアを積極的に取り入れた。それは映画にドキュメンタリー的迫真性を与えた。ハリウッド映画がレンズ・フレアを初めて使ったのは『イージー・ライダー』(69年)。フランスから遅れること9年、『ウルトラマン』の一年後である。

 70年代には世界中の映画やテレビにレンズ・フレアがあふれた。それは眩しさの「記号」として定着し、漫画や絵にもわざわざ描き加えられるようになった。デジタル・ビデオで6角形のフレアが映らなくなった今も、たとえばJ・J・エイブラムスのように70年代の映画で育った監督はわざわざCGでレンズ・フレアを加えたりしている。

 さて、「故郷は地球」の実相寺昭雄監督と脚本の佐々木守は、日本ヌーヴェル・ヴァーグの中心になった創造社やATGに参加する作家である。レンズ・フレアは偶然ではなく、彼らの映像文法の一つだった。

 『ウルトラセブン』はさらにヌーヴェル・ヴァーグ化が進む。実相寺監督の「第四惑星の悪夢」は完全にJ・L・ゴダールの『アルファヴィル』(65年)を目指し、未来的なデストピアをセットを使わないで表現している。実相寺監督の独特の映像(超広角レンズで誇張された遠近感、手前に障害物を置いて画面を潰す大胆な構図)は、ドイツ表現主義の影響だが、モダンで無機質な風景やインテリア、アンビエントなSEによる「低体温」な美学は、『アルファヴィル』や、トリュフォーの『華氏451』(66年)に通じるところが大きい。
 
 こうしたクールで前衛的な手法は、実相寺昭雄監督だけでなく、中川晴之助、東條昭平、満田かずほ監督のウルトラ作品にも随所に見られる。たとえば満田監督の『ウルトラセブン』最終回で、異星人であることを告白されたアンヌ隊員の横顔が逆光で真っ黒になるショット。そこでシューマンのピアノ協奏曲が流れ、それはセブンとパンドンの死闘まで続く。この演出は『新世紀エヴァンゲリオン』で愛を込めて模倣されていた。

 彼らは子ども向けのテレビ番組を映像の実験場にしていた。だから、筆者は思春期に初めてヌーヴェル・ヴァーグを観て『ウルトラセブン』を思い出したのだ。

 最後に、同じ62年生まれの武内享氏(元チェッカーズ)に『ゴジラ対ヘドラ』(71年)についてインタビューした時に彼が言っていた言葉を引用して終わりにしよう。

 「僕らの世代は、『ウルトラセブン』とか『ゴジラ対ヘドラ』で、単なる娯楽じゃない、アヴァンギャルドなアートを、ほんのガキの頃に体験できた。本当にラッキーだったと思うよ」。


<オンエア一覧>
世界初公開!「ウルトラマン」ハイビジョンリマスター版完全放送
[WOWOWプライム]8月11日(土)~8月18日(土) 午後2:00~(全39話)

ウルトラセブン ハイビジョンリマスター版
今冬放送予定

オリジナルドラマ「ネオ・ウルトラQ」
2013年放送予定

詳しくは番組オフィシャルサイトへ!



「ウルトラマン ハイビジョンリマスター版」©円谷プロ



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