<労働者たち、農民たち - 美しい人間讃歌>

kigutsunoki.jpg 「要するに、ロッセリーニの方法とは、つねに人間が問題なのだ。あまりにも雑多ないつわりの作り話のために見失われていた<人間>を再発見すること。そのためには、まず厳密に記録映画的な手法で人間にアプローチし、ついで、できうるかぎり単純なストーリーのなかに人間を投げこみ、そしてそのストーリーをできうるかぎり単純に語ることだ。」こう述べたのはフランソワ・トリュフォー(「わが人生わが映画」)だが、十代の半ばにロベルト・ロッセリーニ監督の初期の作品群に出会い、とりわけ『戦火のかなた』(1946)で、そこに従来の映画にお決まりの慣用表現とは違う人生そのものが描き出されているのを見て、深い感銘を受けたというエルマンノ・オルミ監督が、そのロッセリーニの映画精神を見事に受け継いで生み出した名作が、この『木靴の樹』(1978)だ。

 オルミ監督は、自らの生まれ故郷である北イタリア、ベルガモ地方を物語の舞台に、19世紀末、この地に暮らす小作農の4家族が慎ましくも懸命に日々を生きていくさまを、出演者にはすべて本物の農民たちを起用し、撮影はオール・ロケ、そして通常アフレコ主体のイタリア映画には珍しく台詞も同時録音にこだわり、彼らが話す地方訛りの言葉をそのまま使って、きわめてオーセンティックに、まるでドキュメンタリー映画かと見まがうばかりの迫真の臨場感で、3時間にも及ぶこの大作を丹精込めて作り上げた。実際オルミ監督は、劇映画を撮り出す以前から、数多くのドキュメンタリーを手がけた経験を持つが、奇しくも長編劇映画第1作の題名『時は止まりぬ』(1959)が示すように、今日我々が『木靴の樹』に接する時、それは既に遠い過去の出来事を時代劇として眺めるというよりも、19世紀末のイタリアの地方の農村風景がそっくりそのまま真空パックされて現代にまで持ち越され、あたかも今、すぐ目の前に地続きで出現したかのごとき錯覚に襲われてしまう。

 映画に登場する小作農の4家族は、自分たちが日々暮らす住居や農地は言うに及ばず、家畜や収穫物の大半の所有権も地主に奪われて、貧しくてつましい前近代的な共同生活を強いられ、神父の勧めにより、遠い学校へ通わせることにした幼い息子の木靴が破損したため、川縁に生えている1本の樹木をひそかに伐採して新たな木靴を拵えたバティスティの一家は、たったそれだけの罪ゆえに農場を放逐されるはめとなる。けれどもこの作品は、彼らの厳しい生活ぶりを、その悲惨さのみを押しつけがましく強調して描いて観る者を辟易させる、貧乏ったらしくて辛気臭い社会派教育映画とは断じて異なる。むしろ、彼ら4家族が、苦しいながらも互いに支え合いながら連帯の輪を広げていく様子を、オルミ監督が彼らにそっと寄り添うようにして静かに見つめ、張りつめた日常生活の中にふと生起するささやかな解放的瞬間を繊細かつ的確にすくいあげるところに、この映画の限りない美しさと豊かな詩情がある。

 それぞれの家族が共有する農場の中庭では、さまざまな家畜に交って、たえず子供たちが駆け回り、そこへ(ロッセリーニが『神の道化師、フランチェスコ』(1950)で描いたアッシジの聖フランチェスコの末裔の1人であると同時に、『聖なる酔っぱらいの伝説』(1988)や『ポー川のひかり』(2006)など、後のオルミ映画の主人公たちの前身とも言うべき)聖なる貧者が施しを求めてふらりと姿を見せて、子供たちの囃したてる声が連呼されるかと思うと、多くの品々を荷馬車に積んだ行商人が訪れ、まことしやかな宣伝文句を歌い上げるように並べ立てて、農婦たちと賑やかな会話を交わす。また夜、納屋に一同が寄り集まり、ふだんは寡黙な老人が披露する笑い話や怪談に皆が楽しそうに興じるなど、彼らが集う場所は、たちまちにして祝祭的な空間へと奇跡的に変貌を遂げるのだ。

 そしてまた、農民たち1人1人の飾り気のない朴訥とした表情と佇まいの素晴らしさ。木靴を履く少年ミネクの愛らしさや、まるで中世の聖女を思わせるような娘マッダレーナの清楚な美しさもさることながら、彼女に恋心を抱く青年ステファノの見るからに野暮ったくて泥臭い顔つきは一体どうだ。まるで、あのメッシとカシージャスを足して2で割ったような顔、といえば、サッカー・ファンなら多少見当がつくだろうか。彼は、メッシのように華麗なフットワークを披露する代わりに、自分がひそかに想いを寄せるマッダレーナのあとをストーカーのごとくつけ回して、彼女を気味悪がらせたかと思うと、次の機会には思い切って先回りしてマッダレーナの前に不意に姿を現し、だしぬけにキスを申し込むものの、彼女にあっさり断られ、すごすごと引き返す始末なのだ。それでもその後、晴れて無事結ばれた2人は、川船に乗ってミラノへの新婚旅行へと旅立つ。その行程をゆるやかに描いた場面は、この映画の白眉というに留まらず、映画史上最も美しい至福の名場面の1つと言えるだろう。


「木靴の樹」
[191ch][HV][字] 5月18日(水)午前9:40
[192ch][字] 6月26日(日)深夜1:45



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