キミは「セッション」を観たか!? (2015/4/22配信)

2015/04/27

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今回のテーマは『キミは「セッション」を観たか!?』
大谷ノブ彦さん、中井圭さん、松崎健夫さん、宇野維正さん、西寺郷太さん、添野知生さん、福永マリカさんでお送りしました!

4/17(金)から公開され、大ヒット上映中の「セッション」
各方面で大きな賛否を巻き起こしている話題作ですが、今回は総勢7名で、ネタバレアリのガチトーク!この映画の魅力とその本質に迫るべく、それぞれが持つ「セッション」への熱い想いを語っていただきました!

※このまとめもネタバレを含みますので、どうしてもそれが許せないという方はご注意を!※

まずはみなさんの率直な感想を伺いました。当然皆さんの中にはそれぞれ、ネット上の批評も含めて思うところはたくさんあって、良いところも悪いところも、共感できるところもできないところも色々あります。

その一つとして挙げられるのが、この映画は音楽映画と言えるのかということ。
宇野さんは、音楽映画でもましてジャズ映画でもないという意見。監督のチャゼルは過去作でも音楽を扱ってきたけれど、映画そのもののジャンルはサスペンスやホラー。ホラー映画の脚本書いてる監督と撮影監督が制作してると思うと、製作費も含めてドB級映画。そのドB級がアカデミー3つとったダイナミズムに「セッション」の現象があるのであって、「バードマン」などと並べる作品ではないと語りました。
ジャズファンな添野さんも、世の中には「セッション」のようなジャズもあるけれど、これがジャズの全てではないという意見。主に家で聴いてるのはフリージャズで、それはテンポがずれていても、何をしても、説得力があればいいという音楽。劇中ではチャーリー・パーカーの神話を肯定しているけれど、それはジャズにとっては違うし、もっと自由な物であってほしいと語りました。ラストシーンの『キャラバン』のドラムソロの盛り上がりが凄いというのは自分でもそう思うけれど、色んな話を聞いてても、ジャズじゃなきゃよかったのにが本音なんだとか。そして添野さんにはこの映画が面白かったっという人に是非聴いてもらいたいオススメアルバムも教えて頂きました!

とはいえ、音楽映画だと思うところもあるという郷太さん。そこで注目されるのが題材となったドラムという楽器。
郷太さんはドラムをテーマにしたことは重要で、サックスやトランペットじゃ全く違ったのではと考察。トランペットはバンドの花形だけれど、それよりもドラムの身体的な華やみんなが憧れるようなドラムが持つパワーがとても映画的で、ドラムを選んだことはポイントなんじゃないかと語りました。さらに、バンド内においてドラムがリズムに対して求められる意見や厳しさを踏まえると、フレッチャー先生の厳しい意見もわかる部分もあるのだとか。
中井さんは、ドラム自体はリズム楽器でメロディがないから、抒情性が無いのは大きいんじゃないかと考察。
マリカちゃんも、映画観で見てよかったと思えたのはドラムだったからで、お祭りで太鼓の音だけで血が騒ぐみたいに、大音量で刻まれる音と一緒に脈打つ感じがあって興奮したし、ニーマンの初期衝動やラストにも繋がったと語りました。

そこで提起されたのが全米一の音楽学校と言う設定について。
ニーマンは手から血が出るほどの練習を繰り返しますが、それは頑張ってても血が出るようなやり方はむしろまずいし、上手い象徴でもないのです。
「上手いドラマーはどうやったら体の力を抜けてハイテンポとゆっくりの時のダイナミズムをどう付けるかで叩いているし、プロのドラマーで流血する人はいない」という郷太さん。
だからこそ、全米一の学校っていう設定なら天才しかそもそも入れないはずだから、リアリティはなかったのかもと考察。
それを受けて、血が出るとか早いのが=上手いということではないとわかっていたり、上手いの基準を知っている人が全員ではないんじゃないかなと中井さんは映画的視点から提起。実際に違うという事とは別に、映画として感情の高ぶりを表現してカタルシスを設計する為に、見た目としてわかりやすいものを作る上でそうなったんではないかと思うと語りました。
宇野さんは、学校に通うアマチュアの子達の映画だから、演奏の質が低いのはそういう学生の映画なのであって、その音楽が高級である必要は作劇上必要では無いということが大前提だと話しました。さらに、最近は音楽でも色んな学校があるけれど、大枠で芸事としてお金を払って学ぶことの偽善性もこの作品には軸としてあるという宇野さん。ネット上で上がった指摘や海外でも挙がっている辛辣な意見は、アカデミックに吸収されことに対する嫌なところを突かれたという拒絶反応があるのではと考察。その偽善性も含めて描いているのが本作なのです。

では音楽的側面はともかく映画としてはどうなのかということもトーク。
全力で見ないと良くわからないのが良いところだと語った添野さん。ただ、技術的にも脚本的にも良くできてると思うとしながらも、フレッチャー先生と言うサイコティーチャーについては何がしたかったんだろう?とよくわからず置いてけぼりな気持ちにもなったのだそう。
この添野さんの疑問の答えは、脚本自体が最初から想定してたのと違う物語となったからだと思うという健夫さん。健夫さんは本国で出たブルーレイのオーディオコメンタリーを視聴。なんと、元々はサイコスリラーにするつもりで、頭のおかしい教師の被害に遭った話にするつもりだったけど、最終的に目指したのはスターウォーズの対立構造で、ニーマンが迎えたラストは、最終的にはフレッチャー先生になっちゃうってことが言いたかったのだとか!さらに、公開されている映画はニーマンがいるシーンしか映らないのが特徴的ですが、なんとブルーレイ版には削除されたシーンとして、フレッチャー先生が家で、というシーンが入っているそう!!元々は追い詰められるだけの話だったけれど、最初に意図してないものを編集の段階でそぎ落として変えたことで生まれた齟齬により、何の為にということが見えにくくなったのだろうと語られました。

一方意外と先生に共感しているという大谷さん。合理性以前に、育て方はその人が持つ唯我独尊的なものだと思うし、先生が物を投げたりする指導法だって正義だと思ってやっていることで、それが全てなんだと思うと語りました。
添野さん、大谷さんの話をふまえて、中井さんが良いと思っているところは合理性の無さ。
筋が通ってないってよく言われるけど、皆の人生は筋が通ってるの?全部後付けで強引に理由つけてるだけじゃない?でもじゃあリアルって?と思うと、映画に向けて合理性を突きつけるのは腑に落ちないという中井さん。皆に突っ込まれるのを恐れずに人間の不条理さを出し、それを熱量で処理したのが「セッション」であり、だから最後のセッションが過剰な熱量で人を熱狂させてるんじゃないかと語りました。

低予算映画だという観点からは、健夫さんに撮影手法を解説していただきました。
お金がなくても照明の使い方とカメラに映る人影で不安感をあおる演出をしていたり、練習風景と彼女と会っている場面では色味を変えるなどの工夫が。
また、イマジナリーラインを逸脱した撮り方を混ぜることで、深層心理でビビらせるためにそういうカット割りも行われています。これは映画学校で教えられるような映画の文法で言えば本来間違っている手法ですが、あえてそれをやってるということは、それ自体が音楽を教えるうえで間違っててもそれでいいんじゃないかということに繋がるんじゃないかと語られました。
添野さんも、「ブーンとかビーンとかエアコンのような音が場面ごとに使い分けられて、場面のテンションをちゃんと左右してるのが凄く上手い。それはなかなかできる事ではなくて、低予算だけどそういわれると違和感あるくらいよくできている」と話しました。

そしてこの映画は最後のシーンで解釈が開かれているということが大きな特徴。
マリカちゃんは最後は共鳴した瞬間だと読み取っていて、それまで力技でお互いが思う音楽の正義をぶつけていくけど、最終的に言葉じゃないところでに結び付くのが好きなところ。矛盾があってこそと言うか、力押しがそこまであったからこそあのラストに結び付くと思ったのだとか。
あの終わり方が秀逸だと思うというのは中井さん。1秒でも長くすると感覚が変わるだろうし、余韻を切って、そのあとは任せた!という投げ方をしてることも含めて、こうって決めつけるやり方はしてないんじゃないかなと語りました。

論争や批評・意見もたくさんあるけれど、それだけこの映画には語りじろがあるということ。
きっとこの作品からは、何かすごいものを観たという充足感を得られるのではないでしょうか。
まだ見てない方はぜひ劇場に、そしてもう既に鑑賞済みの方も、今回のぷらすと合わせて、自分の「セッション」を見つけてみてください!

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