ドキュメンタリーの今(2015/6/10配信)

2015/06/11

ドキュメンタリーの今.jpg

今回のテーマは『ドキュメンタリーの今』
立川吉笑さん、松崎健夫さん、浅賀優美さんでお送りしました!


番組前半は昨年のアカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞の候補になった衝撃作「アクト・オブ・キリング」についてトーク!

この作品の舞台はインドネシア。1965年に100万人規模の人々が粛清された"共産主義者狩り"が題材です。

その中で問題となったのが、国やアメリカが殺しを認め、一般の人達が共産主義者を追い詰めて虐殺したこと。軍や傭兵ではなく、一般人が殺しに加担したのです。加害者たちは共産主義から国を守った英雄だと今現在も思われていて、そのことを追いかけたのが「アクト・オブ・キリング」です。


この映画で凄いのは、昔の映像を出すでもなく、存命の人達がどうしているかを追いかけるでもなく、自分達を英雄視する人達に、殺したときの模様をもう一度演じてみませんか、と提案して当時を再現してもらう様子を撮ったドキュメンタリーであること。

監督のオッペンハイマーはもともと被害者にどういうことがあったのかをインタビューして回っていたそうですが、妨害にあって途中で撮影を中止。一方である時に加害者の取材をしていくうちに、殺したことを自慢していることに気付いたそうです。監督は3,4年かけて撮影を続ける中で彼らの信頼を獲得。監督がアメリカ人なこともあり、当時自分達の味方をしてくれたアメリカ人が自分達を撮るということは、自分達を英雄視するようなドキュメンタリーを撮ろうとしている、と勝手に勘違いし、監督が来たら皆インタビューに協力するという下地ができました。その上でそこまでのインタビューは全部捨て、もう一度当時のことを演じてみませんか、という過程だけをずっと見せているのです。


社会問題を提起して真相を暴く手法はよくありますが、ジャーナリズムに寄っているようでそれだけではないのも、この作品が魅力的に見える要因の一つ。幻想的なイメージ映像を入れることで薄めて、観ている人たちを麻痺させ、演じていること自体を本当か嘘かをもう一回考えさせることもやっています。そして、世の中にはいろんな事件の事実を暴露したいだけの作品もたくさんありますが、これはそれだけではないと思うという健夫さん。

その理由は、まもなく日本でも公開になる続編「ルック・オブ・サイレンス」があるから。


今度は被害者側を描いているのですが、このポイントは、加害者側を撮ったから次は被害者側を、と作られたわけではなく、元々被害者側も作っていたけれど、それは黙って先に加害者側の作品を公開したということ。つまり、「アクト・オブ・キリング」を見るときは、加害者の視点のみで鑑賞し、その上で「ルック・オブ・サイレンス」を被害者の視点で見ると、また別のものが見えてくるのではないか、ということを描いているのです。


ドキュメンタリーの面白いところは、最初に自分が構想していたのと違う方向に行った時に、面白いものが出てくるということ。そして、ドキュメンタリーで優れた作品の多くは、自分が撮りたい視点や考えがあっても、答えを提示せずに観る人にゆだねているという健夫さん。この2作品も、自分の主観をあまり入れずに彼らの主張だけを繋いだのがオッペンハイマーのいいところ。人物の変化や心情などに説明はなくても、観客が行間から読み取り気付くことを信じ、観る人に考えさせようとする監督の意図が見えます。


健夫さんがこの二作で考えてほしいというのは、何故、「アクト・オブ・キリング」→「ルック・オブ・サイレンス」という公開順にしたかということ。世の中には人それぞれに価値観・立場・考え方・正義感があるからこそ答えはありません。わざわざ2つ作って別の視点から描くというのは、それを考えた方がいいということを提示していて、それをできるのがドキュメンタリーのいいところでもあり、優秀なドキュメンタリーの多くはその中で解決を提示しないのだと語られました。


浅賀ちゃんは、普通の映画で歴史的な出来事をあらためて映像で作り変える事もできると思うけれど、それをあえてドキュメンタリーですることで、人の感情が見える分感情が入るし、事件に対する興味もより沸くと思うと話しました。吉笑さんも情報が入ってきやすかったと同意。


健夫さんは是枝監督がドキュメンタリーには限界があると話したことを紹介。「ドキュメンタリーは他人の人生を描いているけれど、監督は他人の人生を背負えないジレンマがある。映画だから限られた時間の中にまとめなきゃいけなくて、結局観客が見ているのは編集したその人の人生の一部。」ある時点で撮影はやめなければならないけれど、でもその後にもその人の人生は続くのです。


健夫さんが初めて「アクト・オブ・キリング」を見た時に一番衝撃を受けたというのがエンドロール。"アノニマス"という言葉がたくさん出てくるのですが、これは匿名という意味。つまり、この作品に協力し関わったことで、命の危険があるから名前出せない人があまりに多いのです。このことに象徴されるように、本来、監督は彼らの人生を背負わなければならなくても、描けることに限界があります。


このことに果敢に挑戦しているのが「seven up!」という作品。今は「56 UP」まであり、何人かの子供たちを7歳から7年に一回、追いかけ続けています。この作品にはカメラの暴力性や、その人の人生に踏み入るということに対する問題について考えさせられる点もありますが、監督が背負える方法を模索する作品でもあるのです。


後半は2000年代のドキュメンタリーの傾向を考察!

2000年以降のドキュメンタリーに繋がる重要なポイントがカメラの進化。

フィルムで撮られた初期の作品は人員もお金もかかったのに対し、ビデオそしてHDDの出現で、長くカメラを回して良いところだけを切り取れるようになったのが大きいのでは、と健夫さん。このことでフットワークが軽くなり、アイディアと情熱があればドキュメンタリー作家になりやすくなったという事も言えます。吉笑さんが一番好きなドキュメンタリーだという「フラッシュバックメモリーズ 3D」を例に、変わった手法やアイディアができるようになったことについても語られました。


「劇場版 テレクラキャノンボール2013」ができたことにもカメラの進化がありますが、それが進化した「劇場版 BiSキャノンボール2014」の時期を起点に、ドキュメンタリーをキーワードにしたアイドル映画が出ていることに健夫さんは注目。乃木坂46「超能力研究部の3人」はモキュメンタリーですが、ドキュメンタリーっぽいことが何かをみんなが理解しているからこそ、どこまでが本当か迷わせる面が。ももいろクローバーZの「幕が上がる」は劇映画ですが、撮影手法によって彼女たちが演劇に対して成長する過程が刻まれているという面白さがあります。さらにSKE48とAKB48の昨年の総選挙のドキュメンタリー映画をそれぞれ比較。健夫さんは、SKE48はグループの躍進を、AKB48はSKE48の脅威と自身の凋落を描いていることが、「アクト・オブ・キリング」と「ルック・オブ・サイレンス」と似ていると話します。


それは、各グループの視点や、更に兼任メンバーの視点も両方で見ることで、観客がそこで言っていること以上の行間を感じていくところが似ていると語られました。

さらに、メンバーの価値観も見えることで、何年か後の価値観との比較も可能。ドキュメンタリーは「アクト・オブ・キリング」と「ルック・オブ・サイレンス」の様に両方の視点で見えるものも、健夫さんオススメの「夢は牛のお医者さん」や「seven up!」のように年代を通じて観えるものもあるけれど、AKB48とSKE48はそのハイブリッド。特にアイドルが最近ドキュメンタリーとして描かれることが多いのは、ドキュメンタリーのリアリティが物語モノと違うと見る人が感じるようになっているのではないかと語られました。


最後は健夫さんのオススメを発表!

「ボウリング・フォー・コロンバイン」

「スーパーサイズ・ミー 」は外せない2本。

さらに最近の作品では

「ROOM237」

「マン・オン・ワイヤー」

がオススメだそうです!


アクト・オブ・キリングは6/11(木)よる11:15~初回放送!

この放送のあとは、是非「ルック・オブ・サイレンス」も観てみてくださいね!

「ルック・オブ・サイレンス」公式サイトはコチラ


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