ラテンアメリカの俳優たち(2015/7/24配信)

2015/07/27

ラテンアメリカの俳優たち_re.jpg

今回のテーマは『ラテンアメリカの俳優たち』
中井圭さん、松崎健夫さん、福永マリカさんでお送りしました!

意外と注目してこなかったラテンアメリカの俳優達。メキシコをはじめとしたラテンアメリカの映画産業の発達もふまえながら、今のラテンアメリカを代表する俳優、ガエル・ガルシア・ベルナルを中心に語りました!

ガエル・ガルシア・ベルナルは78年生まれで、今年36才。メキシコの中心地で育ちました。母はパトリシア・ベルナル、父はホセ・アンヘル・ガルシア。ホセは実父ではなくステップファーザーですが、後にガエルに多大な影響を与える人となります。
ホセとパトリシアは同じ劇団に所属していた舞台役者。劇場から劇場を渡るジプシーのような生活をしていましたが、ガエルが1歳の時には大学のカルチャーセンターに職を見つけ、何年かはそこが拠点に。そこにある劇場に児童劇団の子供たちが練習しに来ていて、その中にいたのが後に「天国の口、終りの楽園。」や「ルドandクルシ」で共演することになるディエゴ・ルナ。ディエゴ・ルナは母親を3歳の時に事故で亡くしていて片親であることや、同じところにいることからも、二人は深い絆で繋がっているのでした。

ガエルは4歳の時に児童劇団で初舞台に立ち、11歳の時にテレビドラマデビューを果たして人気子役に。父母の影響もあり、幼い頃からショービジネスの世界に浸かっていましたが、10代後半には、両親が役者なのでプロの役者になるのはどうかなあ、と思い始め、大学では哲学を専攻。しかし、91年に大学のストライキがあって学校に通わなくなります。
何もすることがないガエルはヨーロッパ旅行へ。バイトをしながらヨーロッパを転々と周っていましたが、その最終地となったのがロンドン。そのときガエルはメキシコで稼ぐお金とロンドンで稼ぐお金の違いに愕然。この違いは何なのか、メキシコで何かできないか、と思っているところに、大学のストライキが終わったという連絡を受けます。本来ならメキシコに戻ろうかと思うところですが、彼はもう一つの選択肢を思いつきます。
それはイギリスの演劇学校に入って勉強すること。
ガエルは、父が自分と同い年の頃にイギリスでプロの人達から専門の授業を受け、メキシコに持ち帰ったことを思い出したのです。自分もそうすれば何かが変わるかもしれない。そこで、イギリスに残り試験を受け、名門の演劇学校に入学。そこに入学したことが、彼の人生の基盤となったのでした。

ガエルが2年生から3年生に進級するころ、突然メキシコから電話が。その電話をかけたのが今やメキシコ三大監督の1人、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥであり、世界がガエルを認知する最初の作品となった「アモーレス・ペロス」の出演オファーでした。
この出会いが結果として、メキシコからひとりの監督とひとりの役者が国際的活躍をするきっかけに。
それまでに短編映画や舞台、テレビには出演してきましたが、ガエルにとって「アモーレス・ペロス」は初めての長編映画。それが世間で大評判になったのも、選択として良かったと語られました。

さらににその後、「天国の口、終りの楽園。」ではイニャリトゥと並ぶメキシコ三大監督のひとり、アルフォンソ・キュアロン、そして、今や世界的撮影監督となったエマニュエル・ルベツキにも出会います。ここではディエゴ・ルナと共演していますが、彼もこれをきっかけにハリウッドへ進出し国際的な俳優へ。また、後にイニャリトュ、キュアロン、ギレルモ・デル・トロが作る映画製作会社チャチャチャ・フィルムズの第一回作品「ルドandクルシ」でも二人は共演。メキシコで同時多発的に偉才があらわれ、その人たちが組んで作った作品によってムーブメントが起こり世界的に認知されていくようになったのです。中南米の映画産業の変化は重要で、ガエルがその時代・場所にいたということが、00年代以降の彼の活躍の裏付けになっていると語られました。

「天国の口、終りの楽園。」のあと、ガエルは「ブエノスアイレスの夜」に出演。この作品はアルゼンチンとスペインの合作。メキシコの映画のオファーがいっぱいある中、アルゼンチンの映画に挑戦し、自分の名前を使って世界に観てもらおうとしたのです。彼が国際的に活躍することのひとつにはメキシコだけにこだわってないことに起因していて、その後に他国の映画に出演するきっかけは、わざわざ「ブエノスアイレスの夜」を選んだことが大きいようです。

また、ガエルが幼い頃、メキシコは2度の金融危機を迎えます。彼自身は都会に住んでいましたが、15歳の時に旅行先の南部で物凄く貧困な地域がある現実を目の当たりにして衝撃を受けています。
このことが後に大きな影響を及ぼし、映画で現状を変えられないか、と作品選びに繋がっているのではという健夫さん。
代表作の「モーターサイクル・ダイアリーズ」もまさにそのひとつ。彼はその後に、ディエゴ・ルナと映画製作会社CANANAを作りますが、CANANA製作で二人が総指揮をとった「闇の列車、光の旅」や、そこで描いた状況に対するドキュメンタリー作品でも、15歳の時に受けたショックを抱えながら映画でメッセージを送ろうとしているように感じられます。

このように社会活動家としての側面があるのも、ラテンアメリカで支持されている理由のひとつ。メキシコの貧困問題や格差に対する社会活動を称える賞ももらっていて、それが俳優だけでなく人としての魅力の評価にもなっているのです。
ガエルのフィルモグラフィーの特徴の一つとして、00年の「アモーレス・ペロス」以降、12年までは1年も途切れずに映画出演を続けてきました。しかし、13年からここ数年は空白。これは社会活動に重きを置いて映画に出ていないから。その直前に選んだ映画「NO」でも自分の理屈・精神・イズムに基づいて映画を選び、映画で示すことをしています。

キャリアのピークを迎える前から社会奉仕活動への意識が働いていたことや、ラテンアメリカを盛り上げることに従事したい気持ち、自身の作品の選び方などは、本当の意味での大ブレイクから遠ざかっているのかもしれません。でも、その芯の通ったところやいい意味で不器用なところは彼自身の魅力。

近年映画出演が少ないとはいえ、まだまだ今は過渡期。今後作る側に回る可能性もありますし、彼がこの後どのような道を歩むのか見続けていきたいですね!

WOWOWでは≪特集:ラテンアメリカの俊英 ガエル・ガルシア・ベルナル≫と題し、7/27(月)~5作品を放送!
彼を知る上で鉄板と言われた「天国の口、終りの楽園。」「モーターサイクル・ダイアリーズ」も放送します!
ラインナップはコチラ

今回のぷらすととあわせてお楽しみください!

アーカイブ

2018年

2017年

2016年

2016年3月

2015年

2015年3月
2015年6月
2015年7月

ブログを購読する ブログを購読する

WOWOWぷらすと 公式Twitter

WOWOWぷらすと 公式Facebook

ぷらすと 公式Instagram

WOWOWは初月料金なしでお得!ご加入はこちら

▲ページTOPへ