アイドルと映画(2015/9/28配信)

2015/09/29

アイドルと映画_re.jpg

今回のテーマは『アイドルと映画』
西寺郷太さん、松崎健夫さん、浅賀優美さんでお送りしました!

ひとくちにアイドル映画といっても、アイドル映画は非常に幅広いジャンル。そこで今回は日本の女性アイドルに絞り、アイドル映画が日本映画界に果たした役割、そして今に繋がるアイドル映画の歴史に迫りました!

まずは今回語るアイドル映画を定義!
・70年代以降に台頭してきた職業アイドルが出ている映画
・アイドルの人気に集客を依存する作品である
・映画監督も後に評価・注目される礎となる作品である。

アイドルは、"概念としてのアイドルと職業としてのアイドルは別"とよく言われます。たとえば50,60年代の吉永小百合や石原裕次郎、もっと前なら美空ひばりなどが出演した映画もアイドル的映画になるのですが、今回は職業アイドルに絞り、70年代以降のアイドル映画の流れについて話します!

まずポイントとなるのが60年代の日本映画界の状況。それ以前は監督も役者も映画会社に所属し、映画会社が映画人を育て、その人たちがアイドルになっていました。しかし、邦画の人気がなくなってスタジオシステムが崩壊。お金がないので自前のスターを育てることもできず、外から呼んでこなくてはならなくなったのです。
この背景をもとに、70年代はヒット曲やその人たちの知名度を利用した歌謡映画や、テレビでアイドル的人気の人が映画に出演するように。さらに、この頃のアイドルは処女性が求められ、疑似恋愛的な見方が生まれたり、スター誕生が始まったことで森昌子、山口百恵、桜田淳子など、一般人からのスターが生まれたりもしました。
これらの様々な要素がシンクロしてできたのが70年代のアイドル映画。元々ばらばらだったものが、大人たちの思惑で生まれて行ったのでした。

その後の進展として重要なのは70年代の終わりに角川映画が出てきたこと。
角川映画は薬師丸ひろ子、原田知世という大スターを発掘したのです。
薬師丸ひろ子は77年の「野生の証明」のヒロインとしてデビュー。オーディションで全国何万人の人から選ばれたことを売りに発掘されましたが、当時の角川映画は特に育てるつもりはなく、その後しばらく角川映画の出演はありませんでした。その間に角川は「復活の日」が実質大赤字で資金難へ。もともと大作路線で作品を作ってきましたが、低予算映画へと路線を変更します。
そのとき、再び薬師丸ひろ子を呼び寄せて低予算路線で作った「セーラー服と機関銃」が大ヒット。彼女は「セーラー服と機関銃」のヒットはもちろんですが、リアルな物語をまとって登場したのが人気の秘密。大学進学を理由に休業宣言をしたことをはじめ、職業アイドルなのにバックストーリーがちゃんと見え、身近さを感じさせるところがあったのでした。

また、当時の薬師丸ひろ子はまだ児童福祉法に引っ掛かって夜働けないという事情もあり、第二の薬師丸ひろ子を探そうということでオーディションが行われ、渡辺典子がデビュー。しかし、アイドルの人気を支えるのはファンや観客。会社都合や偉い大人が決めた人より、皆の支持がある人の人気が上がっていきます。
その背景を受けるように、渡辺典子の人気を追い抜いたのがオーディションで次点扱いだった原田知世。渡辺典子がいるので大々的にはデビューできないということで、テレビ版「セーラー服と機関銃」の主演やアニメ「幻魔大戦」の吹き替えなどでちょっとずつ露出。その後、薬師丸ひろ子が帰ってきますと公開された「探偵物語」の同時上映、「時をかける少女」の主演で一気に火がついたのでした。

さらに角川映画のポイントとなるのが、スターを生んだことと同時に、彼女たちを撮った監督たちも、後に作家性のある大監督になるということ。
「時をかける少女」や薬師丸ひろ子主演の「ねらわれた学園」を撮った大林宣彦監督は新人女優発掘のキーパーソン。
「セーラー服と機関銃」を撮った相米慎二監督は何度もリハーサルする監督で、本人が本人でなくなるまで待つというちょっと変わったタイプ。
さらに、薬師丸ひろ子と組んだ相米慎二監督、根岸吉太郎監督、森田芳光監督は日活ロマンポルノの出身でもあり、アイドル映画を作る素養は、もともとピンクやポルノで培ったテイストをそのまま一般映画に移せたから、角川映画は監督に引き上げたのかもしれません。

この角川映画の流れを経て、80年代は東宝・東映・松竹の3社も自社で作りたいということに。斉藤由貴と大森一樹監督の「恋する女たち」をはじめとする三部作がヒットし人気が上がったのが東宝。東映はもともと「女囚さそり」シリーズなどがあった流れから「スケバン刑事」シリーズや「ビー・バップ・ハイスクール」を、松竹は奥山和由さんという名プロデューサーが出てきて「V.マドンナ大戦争」を製作。
角川映画も含め、当時の作品は後に大監督になる人達が作家性を磨く場にもなっていて、アイドル映画という体をとった実験の場にもなっていました。

そして、その後に出たのが「私をスキーに連れてって」などを作るホイチョイ・プロダクションズ。バブルであることと連動して能天気な青春映画が出てきた時に、ホイチョイ作品が受けたのでした。
また、ホイチョイ作品が出たのと同じ頃に、WOWOWの特集でも放送される【おニャン子・ザ・ムービー 危機イッパツ!】や【CHECKERS in TAN TAN たぬき】も公開。
「CHECKERS in TAN TAN たぬき」はチェッカーズありきでイメージ通りの作品でしたが、おニャン子クラブはちょっと異質で、当時は理解されず批判された作品でもありました。
それはおニャン子クラブの周りで勝手に話が進んでいくから。おニャン子クラブが全然主役じゃないのです。
しかしこれは明確な意図を持って作られているという健夫さん。
この前に、「ビートルズがやって来る/ヤァ!ヤァ!ヤァ!」という、人気絶頂なビートルズがファンから逃げるという映画があり、さらにこれをひねった追いかけるファン側の視点の「抱きしめたい」という映画があります。「抱きしめたい」はファンがビートルズに会いに行く映画で、本人は一切出てこない映画なのですが、これを狙ったのが「おニャン子・ザ・ムービー 危機イッパツ!」だったのです。しかもこの系譜は脈々と現代にも続いていて、現在大ヒット公開中の松居大悟監督作「私たちのハァハァ」も同じ構図!「ビートルズがやって来る/ヤァ!ヤァ!ヤァ!」→「抱きしめたい」→「おニャン子・ザ・ムービー 危機イッパツ!」→「私たちのハァハァ」と今に至るまで繋がっているのです!

その後時代が変わり、90年代は、「1999年の夏休み」で水原里絵で(現・深津絵里)が発掘されたことをはじめ、アイドルに演技力が求められるように。00年代は庵野秀明監督、原田眞人監督、岩井俊二監督など、個性の強い監督の作品にアイドルが出演し、監督も戦略的に作品を作る上で、作品作りの場と集客を確保することを考えてアイドルを使うようになります。

そしてその後大きくアイドル映画を変化させたのがAKB48。「DOCUMENTARY of AKB48 to be continued 10年後、少女たちは今の自分に何を思うのだろう?」を発端に、ドキュメンタリーは昨今のアイドル映画の特徴となりました。
これまで、アイドルはトイレにもいかないと処女性を求められた一方、薬師丸ひろ子の様に親近感を抱く部分もあり、演技ができる人も出る中、AKB48は劇映画を捨ててドキュメンタリーで自分達をさらしたのです。

この影響は大きく、SKE48、乃木坂46のドキュメンタリーはもちろん、乃木坂46のメンバーが出演するモキュメンタリー作品「超能力研究部の3人」、劇映画ながら順撮りしたことでドキュメンタリー的要素を持つももいろクローバーZの「幕が上がる」、BiSの解散ドキュメンタリー「劇場版 BiSキャノンボール2014」などの今のアイドル映画が作られる流れに繋がったのでした。

最後は健夫さんの必見アイドル映画を紹介!
・「愛・旅立ち」(近藤真彦・中森明菜)
・「ザ・オーディション」(セイントフォー)
・「桐島、部活やめるってよ」(学園集団物)
・AKB48グループをはじめ上記のドキュメンタリー
・「ハイキック・ガール!」(武田梨奈)

アイドル映画の歴史を辿り、現代の下地を知ることで、見えてくること・学ぶことがいっぱいあった今回の配信。
あさがゆちゃんは、「アイドル映画ってファンが見るもののイメージだったけれど、イメージがガラッと変わった!映画史的な目線で線として観たら面白い!」と語りました。

WOWOWでは≪私を"映画"に連れてって≫と題し、1980年代~90年代前半の懐かしい邦画を毎週日曜日に1本ピックアップして放送!
10月はアイドル映画をはじめ4作品を放送します!
ラインナップはコチラ

また、≪もう一度見たい!懐かしの角川映画特集≫と題し、【時をかける少女】や【野性の証明】を含む5作品もお届けします!
ラインナップはコチラ

今回のぷらすととあわせてお楽しみ下さい!

アーカイブ

2018年

2017年

2016年

2016年3月

2015年

2015年3月
2015年6月
2015年7月

ブログを購読する ブログを購読する

WOWOWぷらすと 公式Twitter

WOWOWぷらすと 公式Facebook

ぷらすと 公式Instagram

WOWOWは初月料金なしでお得!ご加入はこちら

▲ページTOPへ