細野さんの音楽(2015/12/7配信)

2015/12/08

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今回のテーマは『細野さんの音楽』
西寺郷太さん、宇野維正さん、スージー鈴木さん、福永マリカさんでお送りしました!

日本を代表するベーシストでありプロデューサーの1人である細野晴臣!
はっぴいえんど、YMOを中心にキャリアを振り返りながら、細野晴臣から見えてくる音楽地図を考察しました!

≪細野晴臣はベーシスト?プロデューサー?≫
まずはスージーさんがお持ちの当時のLPを見せてもらいながら、キャリアを振り返っていきました!
キャリアのスタートはエイプリル・フール。アルバムは1969年の一枚だけですが、これが細野晴臣初の公式リリース音源。当時22歳でした。

このバンドを経てはっぴいえんどへ。はっぴいえんどは初めての日本語ロックとも言われますが、そこに加え、松本隆の日本語があの細野晴臣の抜群のベースプレイに乗っているということが何よりの凄さ。
はっぴいえんどは3枚のアルバムで解散しますが、細野晴臣はスタジオミュージシャンとしても超一流であり、他アーティストのサポートをしながらソロアルバムも作ります。

70年代中盤までは日本で一番上手いベーシスト、というプレイヤーのイメージが近いとスージーさん。
しかし、後にはプレイヤーの最前線というよりも、新しい時代のコンセプトを作るプロデューサーに変貌します。それで頂点を極めたのがYMOでした。

≪イエロー・マジック・オーケストラ≫
YMOは最初、細野晴臣のプロジェクトだと思われていました。後から見ると3人はわりと並列に見られていますが、細野晴臣に比べ、高橋幸宏も坂本龍一5つ年下。ある種のミュージックマエストロみたいな人に、若手二人がついたような印象だったそう。とはいえ細野晴臣はプロデューサーブームの走りでもあり、プレイヤーというよりは仕掛け人だったのかもしれません。

はっぴいえんど中心史観についての言及もありましたが、その根底にあるのは、きっと出版界にいる人やいわゆる文化人的な人達が好きなのではないかと宇野さん。言葉の力を持った業界人のファンが多く、そういう言説によって若いバンドは細野晴臣に認められたいと思うところがあったのではと話します。
たとえば黒人音楽だと、この人に認められたら一人前という有名なジャーナリストにネルソン・ジョージがいますが、細野晴臣はある種日本のポップミュージックにおけるネルソン・ジョージの役割まで果たしていて、最も権威があるジャーナリスト的にもなっているところが伺えます。細野晴臣の基本的な動機やモチベーションは、音楽的興味、研究、関心、新たな発見、など物凄くピュアな音楽家としての動機。ジャーナリスト的とも言われるように、関心のあり方が他のミュージシャンと比べて深く広いし、ある意味誰も敵わないところでの尊敬があるのかもしれません。

そういう知的な煙幕を張っている細野晴臣が、自らスターダムで売れようとしたのがYMO。
YMOを作るとき、3人で炬燵に入ってみかんを食べながら、「『ファイアークラッカー』をシンセサイザーでディスコ調にアレンジして、世界で400万枚シングルを売る」という話をしたとのエピソードもあり、外国を想定敵とすることで若い野心を抱いていたようです。

≪90年代以降のバンドとの関わり≫
90年代の細野晴臣は隠居している感じがあったものの、その頃はサニーデイ・サービスを筆頭とするバンドがはっぴいえんどの再評価の機運を盛り上げ、スケッチ・ショウにはフリッパーズ・ギターの小山田圭吾が合流。さらに00年代はくるりと密な関係を結び、10年代は星野源と一緒に組んだり、ceroが細野晴臣のレーベルに所属したりと、結局60年代から10年代まで、渋谷系の最初と最後を牛耳っているという結果に。
しかし、時代に対する嗅覚でそこにいたわけではなく、結果的にみんなから担ぎ出される形で90年代もゴッドファーザーとして君臨。それはYMOの誰とも、はっぴいえんどの誰とも違うことでした。

海外の音楽に対するコンプレックスや葛藤、日本人であることへの意識の仕方についても語られましたが、宇野さんは才能ある音楽家が目指す指標について、
①日本で売れること
②洋楽にも負けない物凄く優れた音楽を日本の中で作ること
③洋楽に負けない音楽を作って海外に出ること
の3つがあるとしたら、細野晴臣は②の人達の永遠の指標だと考察。
それは、くるりにも、星野源にも、ceroにも当てはまることで、彼らは基本的に海外進出を目指そうとしている訳ではありません。
最近では海外に出るバンドも多く、細野晴臣は③の海外に進出する指標にはなり得なかったけれど、でももちろん海外に出なくても良いという考え方もあります。そういう②の人たちの永遠の指標であり続けるのが細野晴臣なのです。
実は今の若者がリスペクトしている細野晴臣はプレイヤー時代。素晴らしい功績をのこしたYMOの輝かしい80年代もあるけれど、今、若者が語り継ぐのがアーリー70'sの細野晴臣なのは、それも②の指標であるからかもしれません。

≪エンディング≫
都立 対 私立をはじめとした東京内格差についてや、キャロルとの対比なども話され、幅広く細野晴臣が日本の音楽界にもたらしたものを考察した今回。
最後のニコ生アンケートはポジティブ票100%の満足度となりました!

WOWOWでは【細野晴臣 Boogie Woogie Holiday】を12/13(日)よる10:00~放送!
9月に日比谷公会堂で開催した最新ライブです!
さらに、細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏のライブとドキュメントも一挙放送!
ラインナップはコチラから

また、ご本人降臨の『続けること。高橋幸宏と語る。』のぷらすとアーカイブも公開中ですので是非チェックを!

本日のぷらすととあわせてお楽しみ下さい!

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