シナトラに恋して(2016/1/18配信)

2016/01/21

IMG_1180_re.jpg

今回のテーマは『シナトラに恋して 』
西寺郷太さん、松崎健夫さん、東美樹さんでお送りしました!

生誕100周年を迎えた、エンターテイメントの帝王!
フランク・シナトラについて、主に俳優としてのキャリアを振り返りつつ、魅力を語りました!

1915年12月12日、ニュージャージー州で誕生したシナトラは、なんと生まれた時6キロ!そのためなかなか出てこなく、鉗子で引っ張ったため、左ほほ、喉のあたりに傷が残ってしまったとの裏話が!

音楽に寂しさを慰められていたシナトラ。
その時、彼のスターだったのが『ビング・クロスビー』。
18歳の時にコンサートを観に行き、歌手になろうと思ったのだそう。
その後、視聴者からの得票数で優勝者が決まる、ラジオののど自慢大会に参加したところ、過去最高票数の3万枚を上回る4万枚の票を獲得し、優勝。
その時は、ソロではなく番組側からの意向で「ホーボーケン・フォー」というバンドで参加したのでした。
当時の短編映画で、バンド役で出演するようになったシナトラは、地元でも歌が上手いと広まり、23歳の時ウエイター兼歌手として「ラスティックキャビン」というロードハウスで雇われることに。
ラジオから流れた歌がキッカケで、ハリー・ジェイムス楽団に参加することに。
そこから、シナトラの歌声に惚れたトミー・ドーシー楽団に引き抜かれ、
1940年に楽団で出したシングル『I'll Never Smile Again』がビルボードのポピュラーチャート第一回のNO.1ヒット!
これはシナトラの曲だったのです。
その時その時の偶然が、シナトラを徐々に有名にさせていきました。

42年に、ソロへと転換したシナトラは年末にアメリカでベリーグッドマン楽団とビング・クロスビーの主演映画の上映会と演奏会を開催。
シナトラ見たさに、約2万人の女性ファンが殺到し、社会現象になったといわれたのだとか。
一転、シナトラはマフィアが絡んでいると話が新聞で出回り人気が下降。
そんな中、大スターのエヴァ・ガードナーと結婚し、彼女が知り合いのプロデューサーにスクリーンテストをしてほしいと頼み見事合格。
出演した「地上より永遠に」でアカデミー賞 助演男優賞を受賞し、復活したのでした!
再びマフィアとの繋がりの噂が広まり、全盛期は1970年代に終わりを迎え、ますが、71年には功労賞を受賞。
83年に本人役を演じた「キャノンボール2」が映画出演最後の作品となり、それ以降は、ディナーショーやコンサートツアーで活動したのでした。

≪健夫さんのシナトラ入門オススメ映画≫
・踊る大紐育 
 シナトラが歌って踊っていて、踊りの上手さが見れるので名作として観てほしい。
・脱走特急
 今観ても面白い。ジャンルが段々変わっていき、ラストが衝撃てきな展開になる。
 時代背景を考えながら観るとジーンとくる。
・上流社会
 大スターのシナトラが憧れたビング・クロスビーと同じ並びで共演した作品。


≪エンディング≫
現在舞台に出演中の郷太さん。
「ミュージカルをやっていたりすると、
音楽だけ別ではなく実際に体感することでまた新しいもの先駆けとなっていく。
その中で今日シナトラ特集があったので、色々振り返ることができてよかった。」と語ってもらいました。
「外様から出てきたのにハリウッドの中でもある程度の地位を確立し
のちに歌手からアカデミー賞狙うような人の先駆けとなったのがフランク・シナトラだ」と健夫さん。


WOWOWでは、【グラミー・トリビュートライブ ~フランク・シナトラ生誕100周年~】を
1/31(日)よる8:00~放送!
グラミー賞受賞者のレディー・ガガ、アリシア・キーズ、セリーヌ・ディオンらがシナトラの名曲を歌う。
作品詳細はコチラ⇒http://bit.ly/1NhKnc7

アーカイブ

2017年

2016年

2016年3月

2015年

2015年3月
2015年6月
2015年7月

ブログを購読する ブログを購読する

WOWOWぷらすと 公式Twitter

WOWOWぷらすと 公式Facebook

ぷらすと 公式Instagram

ぷらすと名作アーカイブ!アーカイブで一気に視聴!深堀トーキングプログラム「ぷらすと」の過去配信動画!

WOWOW動画 メールマガジン

新規ご加入はこちら

▲ページTOPへ