俺たちのビー・バップ・ハイスクール(2016/10/13配信)

2016/10/14

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今回のテーマは『俺たちのビー・バップ・ハイスクール』
サンキュータツオさん、ピエール中野さん(凛として時雨)、松崎健夫さん、池田裕子さんでお送りしました!

この日はぷらナタMCでお馴染みのピエール中野さんが『ビー・バップ・ハイスクール』の大ファンということで、ぷらすとに初登場!
今回の為に事前に見直し、自分の話したい事柄を資料としてメモして持ってきていました。
始まる前から熱量高めでスタート。

まずは、全6作品を見てきたと話す裕子氏の感想を聞いてみました。「正直モラルのない人間が大嫌いで・・・。最初は受け付けなかった。未成年が煙草を吸ったりお酒を飲んでいるのは精神的潔癖症なのでダメでした。でも見ていくうちにだんだん愛おしくなりました。」との感想に「裕子氏はPTA寄りの考えです。」と話すタツオさん(笑)

ピエールさんは元々ジャッキー映画が好きで、乱闘シーンや喧嘩のシーンは『ビー・バップ・ハイスクール』に通ずるとのこと。
5歳、6歳の頃に「不良はカッコイイ、ジャッキーもカッコイイ」と思い繰り返し作品を見ていたため、ビー・バップとジャッキーで育ってきたのだそう。
実際にヤンキーではなかったピエールさんですが、劇中に出てくる喧嘩アイテムの警棒をマネして買っていた様子。
コメントでもアイテムを買っている人が多数見受けられました。

「ほぼほぼビーバップと同世代で、実際に登場人物のような人たちが周りにいた。」と話す健夫さん。住んでいたところがものすごく激しい所で、中学3年生の時の1年間はほとんど授業した覚えがないとのこと。校内暴力が激しく、授業が始まると誰かがいたずらで非常ベルを鳴らしたり、廊下に出たら消火器がまかれていて真っ白になっていることがほとんどだったみたいで、さらには学校の窓も入れても入れても割られるため結局入れなくなってしまったと衝撃のエピソードを披露してもらいました。

80年代になぜ不良文化が多かったのか。
よく言われているのは、親が学生運動世代だったため、自由な時代になったことで子育てに関する考え方が変わったこと。
高度経済成長の時代になった時、核家族化に移り変わり家庭環境の変化があったためと健夫さん世代は言われていたのだそう。

そもそもヤンキー映画はいつから始まったのかはよくわかっていません。ですが、元々はアメリカ映画で1955年に公開された『暴力教室』『理由なき反抗』に影響され、実際にアメリカの中でそういう若者が出てきたという事を描いた校内暴力が起こる映画が出来ました。翌年日本でも新しいタイプの人が出てきたのではないかといい前都知事が描かれた『太陽の季節』が公開されます。その後、『不良番長』や『暴力教室』が作られるようになっていきます。

『ビー・バップ・ハイスクール』は若手の俳優を使うのミソ。
ヤンキー映画は、若手の登竜門となっており観客が自分たちでスターを見つけるという場にもなっています。

また、ヒロインがとても可愛いという話で大盛り上がり!80年代のアイドルは選ばれた人しかなれませんでした。なぜなら、写真の修正ができないため、本当に可愛い子がデビューしていました。
「今『ビー・バップ・ハイスクール』を見てヒロインのドアップが写ったとしても、多少化粧していても耐えられる。そこが当時のアイドルの可愛さを味わえる!今デビューしたとしても絶対可愛い」と珍しく健夫さんが可愛いアイドルについて語っていました(笑)

WOWOWでは、【日本映画コレクション:「ビー・バップ・ハイスクール」30年目の集会】と題し、仲村トオルと清水宏次朗が主演し、1980年代に絶大な人気を誇ったツッパリ青春ムービー全6作品を10/23(日)午後5:00~一挙放送!
番組詳細はコチラ

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