2020/07/21 up

私たちがホアキン・フェニックス版『ジョーカー』に共鳴する理由、あるいは"プロト・ジョーカー"説

『ジョーカー』7/25(土)よる10:00他

文=杉山すぴ豊

 映画『ジョーカー』('19)は、『バットマン』に出てくるジョーカーの物語を映画化した、というよりもジョーカーというキャラを借りて、全く新しい映画をつくった、という方が正しいのでしょう。たとえていうなら『シン・ゴジラ』('16)です。あの映画も今までのゴジラ映画とは全く無関係で、ゴジラというキャラを使って(借りて)日本の危機管理を描くポリティカル・フィクションでした。『シン・ゴジラ』が怪獣映画ファン以外も取り込んで、歴代ゴジラ以上のヒット作になったように、『ジョーカー』も多くの映画ファンに注目され、日本では歴代のDCコミックス原作映画史上最大のヒット作になったわけです。

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 もっともジョーカーのオリジン=誕生秘話はコミックでも色々なバージョンがあります。映画ですらティム・バートンが監督した『バットマン』('89)のジョーカー(ジャック・ニコルソン)とクリストファー・ノーランの『ダークナイト』('08)のジョーカー(ヒース・レジャー)もデヴィッド・エアーの『スーサイド・スクワッド』('16)のジョーカー(ジャレッド・レト)も全く別物でしたから。だからある意味、このキャラクターはバットマン以上にクリエイターが自由に描くことのできるキャラともいえます。

 さて、映画『ジョーカー』が高い評価を得た理由のひとつは、第92回アカデミー賞で主演男優賞を受賞したホアキン・フェニックスの演技であることに間違いはありません。ヒース・レジャーはジョーカー役で第81回アカデミー賞助演男優賞をとっているからプレッシャーはあったでしょうが、ホアキンにとって幸運だったのはジャレッド・レトがその前に新しいジョーカーを演じてくれたことで、"ジョーカーといえばヒース"みたいな呪縛が消えていたことです。だからヒースを意識することなく自分のジョーカーを演じられたのでは?

detail_200721_photo02.jpg『バットマン(1989)』7/24(金・祝)午前9:15他
© Warner Bros. Entertainment Inc.
detail_200721_photo03.jpg『ダークナイト』7/25(土)午後4:15他
© Warner Bros. Entertainment Inc. BATMAN and all related characters and elements are trademarks of and © DC Comics.

 僕がホアキンのジョーカーで気にいっているポイントが4つあります。
 いずれもコミックのジョーカーの要素をうまく取り入れているなという意味で。

 ひとつ目は痩せているということです。
 僕の中でジョーカーはすごく細身のイメージがあるんです。だからジャック・ニコルソンのジョーカーもすごく好きですが、彼の場合はスリムではなく、なんか貫禄があります。一方、ホアキンのジョーカーは、鬼気迫る痩せっぷりですよね。

 2つ目はよく笑うこと。ジョーカーといえば笑い声。本作はある理由があって主人公が笑い出しますが、この笑いのすご味が高く評価されたのでは? 恐らく映画史に残る笑い声演技でしょう。
 3つ目は両手を広げて反り返るポーズが印象的。これはコミックでもジョーカーらしいポーズです。DCコミックスのレジェンドであるクリエイター、ジム・リー氏にインタビューした時に、「ダークで無口な前かがみのバットマンと、白い顔で笑っていて胸をのけ反っているジョーカーを対比させて描くのが楽しかった」と言っていました。

 4つ目はメイクです。これはコスプレをやっている人に聞いたのですが、今回のジョーカーのメイクは、今までのジョーカーのなかでいちばん難しいと。というのも、"本当にただの白塗りで、普通の人がやってもただのピエロになってしまう"そうです。なのに、あのジョーカーが本当に怖くてかっこいいのは、やっぱりホアキンのオーラのなせるわざなのでしょう。もともとコミックでもジョーカーは、ビジュアル的にはただの白塗りの男なのに(もっと見た目が怖いヴィランとかたくさんいるのに)、そのエキセントリックなキャラ設定でアメコミ界を代表するスーパーヴィランになったわけです。白塗り顔だけで勝負する、というところもジョーカーらしい。コミックに登場するキャラをスクリーンで再現する場合、特殊メイクやCGを使ってコミックのビジュアルに近づけようとしますが、今回の『ジョーカー』はそうした加工を排しています。だからなおさらホアキン・フェニックスの演技に注目が集まったのかもしれませんね。

detail_200721_photo04.jpg『ジョーカー』
© 2019 Warner Bros. Entertainment Inc. TM & © DC Comics

 昨今のアメコミ映画は、一流のスターや演技派が出演することが話題ですよね。
 それはなぜかというと、そもそもアメコミのヒーローやヴィランというのはマンガのキャラですが、下手に演じると役者がコスプレしているだけになってしまう。だからマンガの世界の住人をいかに"この世界に生きている人"に見せるか、演技力が問われます。特に本作『ジョーカー』のストーリーは結構シンプルです。またバットマンという"引き立て役"がいません。そういう意味でひとつ間違うととても地味な映画になってしまうのです。
 でもこれだけ引き込まれるのはなぜか? そして彼に共鳴してしまうのはなぜか?
 そこがホアキン・フェニックスのすご味なんだと思います。

 彼が脚光を浴びたのはラッセル・クロウ主演の『グラディエーター』('00)に登場した、ローマ皇帝役でしょう。同作における悪役だったわけですが、剣闘士役でマッチョなラッセル・クロウに対し、とても神経質な敵役というのが印象的でした。繊細さと狂気、哀れさ(この役もある意味父親に見捨てられる役でしたね)と邪悪さが混じっており、今回の『ジョーカー』に通じるかもしれません。
 『ジョーカー』という作品についてはさまざまな解釈が成り立つのですが、もしかするとこのアーサーは本当の"ジョーカー"ではなく"プロト・ジョーカー(ジョーカーの原型、プロトタイプ)"ではないかということです。
 つまりアーサーによって、多くの人々が、自分の中に眠っていた"ジョーカー的な部分"が呼び覚まされたのではないか。その中のひとりが、後に"真のジョーカー"として現れるのではないか。

 僕ら観客も、この映画に魅せられた時点でアーサーに感化されているのであり、それはまさに、ホアキン・フェニックスの演技だからこそ起こりえた化学反応でしょう。

detail_200721_photo05.jpg『ジョーカー』
© 2019 Warner Bros. Entertainment Inc. TM & © DC Comics


  • detail_sugiyama.jpg
  • 文=杉山すぴ豊
    アメキャラ系ライターの肩書きでアメコミ映画の紹介やコラム、来日俳優のインタビューを担当。アメコミ映画系のイベントや東京コミコンのステージも担当。自分の文章が初めて商業誌に載ったのは、子どもの頃の『月刊スーパーマン』への読者投稿だった。


[放送情報]

ジョーカー
WOWOWシネマ 7/25(土)よる10:00
WOWOWプライム 7/26(日)よる10:00
WOWOWプライム 7/30(木)よる11:50
WOWOWシネマ 8/7(金)よる11:00
WOWOWプライム 8/23(日)深夜1:55


バットマン(1989)
WOWOWシネマ 7/24(金・祝)午前9:15
WOWOWライブ 8/1(土)よる9:45
WOWOWプライム 8/11(火)午前10:50
WOWOWシネマ 8/13(木)午前9:45


ダークナイト
WOWOWシネマ 7/25(土)午後4:15
WOWOWプライム 8/8(土)午後5:30
WOWOWシネマ 8/14(金)午後3:15
WOWOWライブ 8/27(木)午前6:05


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