『ジョーカー』7/25(土)よる10:00他
文=ミヤザキタケル
第17回は、共にロバート・デ・ニーロが出演し、有名映画祭で受賞を果たし、ひとりの孤独な男が狂気を帯びていく中で、ありのままの自分を模索していく姿を描いた『タクシードライバー』と『ジョーカー』をマリアージュ。
『タクシードライバー』('76)
第29回カンヌ国際映画祭で最高賞となるパルム・ドールを受賞した巨匠マーティン・スコセッシ監督の代表作。タクシー運転手として働くトラヴィス(ロバート・デ・ニーロ)が、日々溜まっていくいらだちを胸にNYの街を駆け巡り、自らの存在意義を求めて過激な行動に走っていくまでの心の変化を不穏かつ刺激的に映し出す。
本作を観るにあたり、1970年代という時代背景を把握できていてこそ、ベトナム帰還兵であるトラヴィスが抱える問題の一片を理解できると思うのだが、観る方の年齢次第では、その辺りまでくみ取れないかもしれない。ただ、それでもなお引き込まれてしまうものが、感情移入できてしまうものが、道をさまよい続ける孤独な男の心には宿っている。
トラヴィスはタクシー運転手という生業を手にしたものの、求められているのは社会の歯車としての自分であって、その枠組みから逸脱することは求められていない。個としての自分の価値を見出したいが、具体的に何をどうしたら良いのかも分からない。漠然と日々を過ごし、繰り返しの毎日を過ごすだけでは永久に満たされない。何かしら行動を起こさなければ、今ある現実からは抜け出せない。そうして異性にアプローチしたり、銃を購入したり、トレーニングを始めたりと、次第に雲行きは怪しくなっていくのだが、辿る道筋は異なれど、トラヴィスが抱える葛藤、自らの存在意義を模索していく姿に心当たりがある人は多いのではないだろうか。彼と同様、実人生において確かな手応えを得られぬまま、日々をだましだましやり過ごしている人もいるのではないだろうか。
© 1976, renewed 2004 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.
たった一つで良い。自分にとって熱を注げる何か、必要としてくれる誰か、天職だと思える仕事、これだけは絶対に譲れないというもの、どれか一つでも見つけることができたのなら、どんな境遇や心持ちであったとしても、人はきっと前を向いて生きていけるはず。持て余していた力の全てを一つのことに総動員することで、何かを成すことが、人生を大きく変えるチャンスが得られるはず。その選択が社会的に「悪」と見なされてしまうことが時にはあるし、トラヴィスの場合は「悪」に落ちるスレスレを綱渡りしているようなものだが、自分にとって価値ある何かを見つけ出し、どんな形であれ貫き通せたのなら、心を覆う孤独を拭い去り、ありのままの自分でいられるための術を確立させることだってできるのだと思う。狂気を帯びた心で、破滅的な道を歩みながらも生の実感を得ていく男の末路が、道をさまよう全ての人に一つの可能性を示してくれる。
『タクシードライバー』
© 1976, renewed 2004 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.
『ジョーカー』('19)
バットマンの宿敵、ジョーカーの誕生秘話をホアキン・フェニックス主演で映画化し、第76回ヴェネチア国際映画祭金獅子賞、第92回アカデミー賞主演男優賞などを獲得したトッド・フィリップス監督作。都会の片隅で大道芸人をしながら年老いた母を支え、コメディアンを夢見る心優しき青年アーサー(ホアキン・フェニックス)。困窮した生活から抜け出そうと地道に生活を送るも、持病の発作や仕事のトラブルが原因で追い詰められていき、次第に彼の心が狂気に囚われてしまう。
これまでにもジャック・ニコルソン、ヒース・レジャー、ジャレッド・レトなど、名だたる俳優たちが演じてきた悪のカリスマ、ジョーカー。念のため書いておくと、『バットマン』シリーズに詳しくない人でも本作は楽しめる。あくまでもジョーカーの"誕生"を描いているので、予備知識は不要。バットマンの正体がブルース・ウェインで、彼の父がトーマス・ウェインであるということだけ把握しとけば大丈夫。
格差が広がる社会のせいか、彼の持病のせいか、母の面倒を見なければならない責務のせいか、社会に上手く適応できず、周囲にも馴染めず、家以外どこにも居場所がないアーサー。そう、彼もまた自らの存在意義を見出せていない。トラヴィスとは異なり明確な夢を抱いてはいるものの、それを叶えるための具体的な策を持ち得ていない。それ故、熱を注ぐ以前の状態で足踏みを続けている。そんな折、アーサーはトラヴィス同様、銃を手にしてしまったことから劇的な変化を遂げていく。40年近くもの隔たりを持つ2つの作品だが、心を巣食う孤独に犯され、現状からの脱出を試みる男たちの葛藤には、いくつもの共鳴する部分が存在する。無論、この現実を生きる僕たちとの間にも。どれだけ時代が発展しようと、新たな表現方法や撮影技術が確立されようと、根本的な人のあり方までは変わらない。また、いついかなる時代においても、人の胸を強く打つドラマの本質は変わらない。なかでも秀でた2つの作品を見比べることで、その事実を突き付けられる。
『ジョーカー』
© 2019 Warner Bros. Entertainment Inc. TM & © DC Comics
苦悩の果てに多くの繋がりを断ち切り、アーサーがジョーカーとして覚醒していくまでの過程には、人と異なることを良しとしない社会、自分という人間を知ることの大切さ、ありのままの自分でいられることの無敵さ、何と言われようと己の意思を押し通すことの価値が詰まっている。トラヴィス含め、彼らと同様の道筋を僕らが辿るわけにはいかないが、彼らの心が辿った道筋に関してだけ言えば、見習っていい部分もあると思う。手段はどうあれ孤独と向き合い、自己を確立させていく彼らの生き様は、この生き辛い世の中で前を向いて生きていくためには必要なもの。ありのままの自分を自覚し、己が信じる道を突き進むことの大切さを教えてくれる狂気をはらんだ2作品だ。
『ジョーカー』
© 2019 Warner Bros. Entertainment Inc. TM & © DC Comics
もし『タクシードライバー』しか観ていないという方は、同質のDNAを受け継いだ『ジョーカー』を、もし『ジョーカー』しか観ていないという方は、同じ系譜で極限まで研ぎ澄まされた『タクシードライバー』をご覧ください。双方目にすることで、多くのことを実感できると思います。
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文=ミヤザキ・タケル
長野県出身。1986年生まれ。映画アドバイザーとして、映画サイトへの寄稿・ラジオ・web番組・イベントなどに多数出演。『GO』『ファイト・クラブ』『男はつらいよ』とウディ・アレン作品がバイブル。
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