『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』7/21(土)よる11:00ほか
映画好きの大学生数名と話す機会があり、その時、彼らから"今イケてる監督"として真っ先に名前が飛び出したのが大根仁監督だった。その理由はそれぞれなのだが、共通して出てきたのが「刺さる」という単語。大根作品は彼らにとって、とても共感できるポイントがたくさんあるという。
大根監督の映画監督デビュー作『モテキ』からしてそうだった。森山未來演じるサエない主人公、藤本幸世がさまざまな女性から声を掛けられる人生最高のモテ期に遭遇し、お祭り騒ぎのような恋愛騒動がつづられる。恋愛している時ほど、男であれ女であれ、自分にとって嫌な部分であるエゴや見栄、プライドといったさまざまな感情が湧き上がってしまうもの。この映画ではそんな気持ちが100%ダダ漏れだ。幸世は長澤まさみ演じるみゆきという好きな人がいながら、つい他の女性たちと結ばれてしまう。"クソ野郎"と呼ぶにふさわしい幸世を通して、男の本音が展開する。
この『モテキ』に代表されるように、大根監督の作品には大人に成り切れない男女の姿が必ずといっていいほど登場する。そして劇中で多いに悩み、時には傷つけられ、時には自分が傷つけながら、吹っ切っていく過程をつぶさに見せる。誰もが経験する"恋の痛み"を味わわせてくれるのだ。
『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』も『モテキ』と同じく、恋の痛みを思い知る男の物語だ。こちらは妻夫木聡が扮する、奥田民生のように格好良くラクに生きたいと思っていたコーロキが、恋人がいても寂しさを埋めるためだけに平気で別の男性と関係を持ってしまう(しかもその時々は本気であるというタチの悪さ)女性、あかりに徹底的に振り回される物語。『モテキ』に似た部分があるが、大根監督自身もそれを承知の上で、『モテキ』を超えたい気持ちで作っていたのだそうだ。『奥田民生になりたい〜』の場合はコーロキの振り回され方が半端ないので、幸世に比べてちょっとだけかわいそうに思えてしまったりする。
とにもかくにも、そういう恋愛に陥った人々の心の揺れが見事に表現される。『奥田民生になりたい〜』ではLINEというアイテムを使ったのもポイントだ。恋愛フィーバー状態の時、相手がこちらのメッセージを既読しているのに返事がこないと胃の中がかきむしられるような感触を覚えたりするものだが、この映画でもそういった感覚を見事に表現。もはやLINEが当たり前になり、LINE以外連絡先を知らないなんてことも普通な現代だからこそ、必要なシーンだと思うが、大根監督はそういった時代時代に必要なものの取り入れ方が実にうまい。
音楽もその一つ。『奥田民生になりたい〜』では、もちろん奥田民生の楽曲が使われるが、「なるほどここではこの曲か」と感心させられるほど音楽で登場人物たちの心情が表される。『モテキ』でもいろんなアーティストの曲を使用し、特に喜ぶあまり幸世が踊り出しミュージカル調になるところは、とっぴではあるけれど素直に幸世のハッピーさが伝わって心地が良い。
『バクマン』:©2015 映画「バクマン。」製作委員会
大根監督特有の表現といえば、高校生漫画家と相棒のコンビの夢と恋と挫折を描いた『バクマン。』では、「週刊少年ジャンプ」で主人公コンビと人気ナンバー1を争うライバルとの戦いがVFXを用いたアクション・シーンとなっていた。また、主人公たちが想像力を働かせて漫画を描く場面では、邦画では初となるプロジェクション・マッピングを使った演出に挑戦。これは森山未來が出演した舞台『テ ヅカTeZukA』で、漫画のコマやキャラをスクリーンに投影する手法を参考にしたそうだ。大根監督は良いと思えば、あらゆるところから吸収した知識を躊躇なく自分の表現に変えて抽出する。
大根監督がこのような表現方法を使う理由は、観客を飽きさせないようにしながら、登場人物たちの心情を表わすためだ。つまり大根作品のベースにあるのは、あくまでも臨場感を伴った登場人物の心情描写。それ故に監督も全力を映画に注ぎ込む。例えば監督は自称"隙間恐怖症"だそうで、それ故に大根作品の登場人物たちの家はモノであふれているが、それは我々の生活臭にも共通しているから共感を呼ぶ。セリフなどに生々しさを感じるのも、大根監督が実際に女性に言われたことなどが採り入れられているため。そういった全身全霊で作品を創作し、共感性の強いモノにしているから、大根作品は「刺さる」映画となっているのだ。
文=横森文
[放送情報]
打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?(2017)
WOWOWプライム 7/19(木)よる9:00ほか
バクマン。
WOWOWシネマ 7/21(土)深夜3:00
奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール
WOWOWシネマ 7/21(土)よる11:00ほか
SCOOP!
WOWOWシネマ 7/21(土)深夜0:45
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