「運び屋」12/29(日)よる9:00他
文=ミヤザキタケル
映画アドバイザー・ミヤザキタケルがおすすめの映画を1本厳選して紹介すると同時に、併せて観るとさらに楽しめる「もう1本」を紹介するシネマ・マリアージュ。
第10回は、家族との関係を修復できぬまま過ごしてきた男の転落と再生の実話を基にした『運び屋』と、謎の生命体に寄生された男の戦いを通し、たったひとりでも理解者がいてくれることの救いを描いていく『ヴェノム』をマリアージュ。
『運び屋』('18)
麻薬密輸で老人レオ・シャープが逮捕された全米驚愕の事件に着想を得た物語。俳優引退をほのめかしていたクリント・イーストウッドが監督&主演を務め、麻薬の運び屋となった主人公アール・ストーンとその家族の関係性を通し、"ありのまま"でいることの難しさと価値を映し出す。
『運び屋』
© Warner Bros. Entertainment Inc.
物語冒頭、花のアップが映し出される。それは園芸家であるアールのなりわいを示すのと同時に、作品の根幹を成すとても重要なことをも示していた。花が美しいのはなぜか。それは"ありのまま"だからだと思う。灼熱の暑さにさらされても、強風に吹かれても、雨に打たれても、行き交う人々に踏まれても、花は何も語らずただそこにあり続けている。やがて枯れゆく運命であろうとも、限られた時間や命を懸命に生きている。だからこそ、美しい。僕たち人間の場合はどうだろう。常日頃"ありのまま"でいられるだろうか。ささいなことで揺れ動き、他人の目や評価にとらわれてばかりで、嘘で塗り固められた人生を生きてはいないだろうか。本作の冒頭10分で描かれるのは、花とは相反してしまいがちな人の心のあり方。見えや虚勢を張り続け、家族をないがしろにしてきたアールが徐々に転落し、家も仕事も失った末に麻薬の密輸に手を染めるまでの姿。この時点で、本作がどういったテーマを扱おうとしているのか、みごとに伝わってくるに違いない。
"ありのまま"でいるために大切なこと。それはきっと、今ここにいる自分を認めてくれる他者の存在に気が付けること。ただ、劇中において彼を欲する者たちは皆、無事故・無違反の肩書や90歳という年齢、運び屋として稼いだ大金など、彼の人間性を何ひとつ求めちゃいない。だが、彼の家族だけは違う。夫として、父として、祖父としての愛や良心など、彼の人間性を求めていた。しかし、今の自分では受け入れてもらえないと恐れを抱き、心の奥底にある想いを開示しようとしないアール。"ありのまま"と"わがまま"を履き違え、新たな一歩を踏み出せずにいた。そうして"ありのまま"とは程遠い状況へ自らを追いやってしまう。そんな彼がデイリリーの花を好きだという。それは、開花したその日にしぼんでしまう1日だけの命しか持たぬ花。長年目の前の問題から目を背け続けてきた彼にとって、たった1日に全力を注ぐデイリリーの花のあり方は特別なものだったのかもしれない。花の命と比べれば永遠のように思える人間の命だが、人間だって永遠には走れない。多くを失い、残り少ない時間を生きる年老いた彼だからこそ、ようやくデイリリーのあり方に近づき、本当は何とどう向き合うべきなのかをゆっくりと見据えていく。
『運び屋』
© Warner Bros. Entertainment Inc.
僕たちがこの先の人生においていかなる道を歩むにせよ、一つの指針と結果をこの作品は示してくれる。華やかさはないけれど、"ありのまま"でいられることの価値を感じさせてくれる力強い作品です。また、花に始まり花で終わるところも最高にすばらしい。
『ヴェノム』('18)
「ゾンビランド」シリーズ('09、'19)のルーベン・フライシャー監督が、スパイダーマンの宿敵、ヴェノム誕生の物語をトム・ハーディ主演で映画化。地球外生命体に寄生された男の戦いと友情を通し、たったひとりでも理解者がいてくれることの心強さを綴る。
『ヴェノム』12/23(月)午後0:30他
© 2018 Columbia Pictures Industries, Inc. and Tencent Pictures (USA) LLC. All Rights Reserved. | MARVEL and all related character names: © & TM 2019 MARVEL.
『運び屋』を観ることで、あなたはきっと"ありのまま"でいられることの大切さに気付く。とはいえ、すぐに実践できることじゃないのは百も承知。信じられる家族や友人が身近にいれば良いが、必ずしもそういった環境にいるとは限らない。荒っぽいが正義感の強いジャーナリスト、エディ(トム・ハーディ)もそう。自業自得ではあるものの、孤立しドン底まで落ちてしまう。そんな折、未知の生物に寄生され、強制的に一つになった彼らの関係性から、"ありのまま"の想いを知ってくれている相手が、ひとりでもいることの救いを垣間見ることができるだろう。(本作はマーベル作品でありながらも、「アベンジャーズ」や「X-MEN」シリーズと直接的なつながりがないため、予備知識がなくても問題なく楽しめます。)
寄生されたことでヴェノムに思考のすべてを読み取られてしまうエディ。裏を返せば、自分の本音を誤解なく聞き入れてくれる相手を得たといってもいい。まったくの他人に何を言われても、耳をふさげば済むし、無視もできる。どうでもいい相手の言葉など響かない。だが、自分の思考をすべて把握して言葉を投げ掛けてくるヴェノムからは、良くも悪くも逃れられない。職を失い、恋人も失い、周囲からの信頼さえも失った男が最後にたどり着いたもの。それこそがヴェノムなのだ。数多くのリスクをはらみながらも、自身の心持ちを寸分たがわず理解してくれる仲間を彼は手に入れる。ド派手なアクション・シーンも見応えたっぷりだが、徐々に構築されていく両者の関係性や、自分を理解してくれる存在がいることの心強さに胸打たれるものがあると思う。全員に理解されなくたって構わない。というより、そんなことはほぼほぼ不可能。どんなに孤独であっても、どんなに苦しくても、たったひとりでいい、心の内をさらけ出せる相手がいれば乗り切れることが人生には無数にある。そんな生きていく上でとても重要な他者との関係性を、本作は教えてくれる。あなたが目にするのは非現実の世界ではあるものの、その理屈は僕たちが生きる実人生にいくらでも応用できるはず。
『ヴェノム』© 2018 Columbia Pictures Industries, Inc. and Tencent Pictures (USA) LLC. All Rights Reserved. | MARVEL and all related character names: © & TM 2019 MARVEL.
実話と虚構、出発点はまったく性質の異なる2作品に思えますが、その本質はとても近い。今この瞬間を生きる僕たちに大切なことを示す『運び屋』と、具体的な第一歩を示してくれる『ヴェノム』、ぜひセットでご覧ください。
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文=ミヤザキ・タケル
長野県出身。1986年生まれ。映画アドバイザーとして、映画サイトへの寄稿・ラジオ・web番組・イベントなどに多数出演。『GO』『ファイト・クラブ』『男はつらいよ』とウディ・アレン作品がバイブル。
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