「グリーンブック」2/8(土)よる8:00他
山崎ナオコーラが映画をテーマに等身大でつづるエッセイ。第11回は、第91回アカデミー賞で作品賞など計3部門を受賞した、人種や階級の壁を越えて心を通わせる男たちの姿を実話をもとに描いた感動作『グリーンブック』を観る。
文=山崎ナオコーラ
私はこのあとケンタッキーフライドチキンに行こうと思っている。観終わったあと、無性にフライドチキンが食べたくなる映画だ。
品位を保つことを何より大事にするインテリのピアニストである黒人のドクター・シャーリー(マハーシャラ・アリ)と、粗野で無教養だがハッタリが上手く腕っ節も強いイタリア系の「白人」のトニー(ヴィゴ・モーテンセン)が、高級車で旅をする。トニーは『グリーンブック』のページをめくりながらキャデラックを進める。『グリーンブック』というのは、人種差別の激しい南部で「黒人」が利用できる宿や店が載せたガイドブックだ。ドクター・シャーリーの挑戦的な南部へのコンサートツアーに、運転手兼用心棒としてトニーは同行するのだ。喋り方や食べ方の差で育ちの違いが浮き彫りになり、衝突したりそのあと仲良くなったり......。その繰り返しが笑いを誘う。ただ、これを笑えるのは「黒人」と「白人」の経済格差が通常のイメージと逆だから、というわけで、微妙なところではある。
フライドチキンのシーンは、トニーから無理矢理にフライドチキンを勧められたドクター・シャーリーがいやいや骨を握り、「ナイフもフォークもないのに、どうやって食べるんだ......」と戸惑いつつもかじり、意外に気に入ってしまう。そのときのドクター・シャーリーの顔がかなりキュートだ。とはいえ、トニーがぽいぽいと車外にゴミを捨てたらたしなめ、拾わせる。
反発しつつも、トニーは、妻への手紙の代筆をしてもらったり、身の上話を聞いたりしているうちに、ドクター・シャーリーに心を通わせていく。
影では差別用語を口にして、安易に黒人蔑視をしていたトニーが、ドクター・シャーリーと一緒にいるうちに、差別の鋭い刃を感じるようになる。
この土地のならわしだから......、伝統だから......、と南部の人々は、ドクター・シャーリーが黒人であることを理由に、トイレで用を足すのも服の試着もレストランでの食事も拒否する。
© 2019 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
こういうシーンを、現代日本に生きる多くの観客が憤り、理に適っていない人権侵害だと捉えるだろう。
でも、私は、日本の性差別と合わせて考え、今も同じようなことが多くの人によって行われていると思った。相撲や高校野球や天皇制だって、ならわしだから......、伝統だから......、と拒否される。性別によってトイレが分けられている。高級レストランではレディファーストに甘んじなければならない。納屋のようなトイレや、物置のような控室を案内されるドクター・シャーリーほどの屈辱ではないかもしれない。だが、差別は現代にもある。
ドクター・シャーリーは、「ピアニスト」ではなく、「黒人ピアニスト」として扱われ、クラシックよりもジャズを弾いた方がいいと助言される。
それは、私が、「作家」ではなく、「女性作家」としてしか扱ってもらえず、何を書いても、「女性たちの共感を得るために書いているのでは?」「男性主人公にしたのは男性に対して言いたいことがあるからでは?」「女性らしさを活かして仕事をした方がいい」と指摘されるのに似ていた。
ドクター・シャーリーは、仕事をしているときはちやほやされても、街を歩くときは「黒人」と蔑まれる。
私は、仕事をしていないときに、買い物などの場面で「主婦」のように扱われて店員から意見を軽んじられたり、「ブス」と蔑まれたりする。
それで、私はドクター・シャーリーの気持ちが少しだけわかるような気がした。
ドクター・シャーリーは、城のような家に住んでいても寂しい。「白人」ではないし、いわゆる「黒人」でもない、いわゆる「男」でもない自分は、誰とも差別の苦しみを分かち合えない、と嘆く。
この作品のハイライトで、ドクター・シャーリーはショパンを弾く。本当はクラシックを勉強してきたのだし、「黒人らしくジャズを弾く」のではないことをやりたい。自分だけのショパンが弾けるという自負がある。
だが、そのあと、即興でドラムやベースなどの演奏を始めた演奏者たちと共にジャズを弾くときも、やはりドクター・シャーリーはいきいきとしている。
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世の中は複雑だ。差別も入り組んでいる。ただ、複雑だからこそ、手を繋げたときに喜びが湧くということもある。
クリスマスの華やかなシーンもある。日本にいるとあまりこういうシーンには出くわさないが、アメリカ映画ではよく見かける。家族だけでなくたくさんの人と繋がれるという日。わかりやすい、安直なラストかもしれないが、ぐっとくる。質屋が来て、そして......。
ドクター・シャーリーが孤独を吐露したときに、「寂しいときは勇気を出して、お兄さんに手紙を書いてみたら? 待っているのではなく、自分から動くんだ」という進言をしたトニー。そうだよなあ、と思いつつ、兄との和解だけだったら、孤独を癒してくれるのは家族だけ、しっかりと手を繋げるのは同じ人種同士でのみ、という結論になりはしまいか、と不安になった。
そう、勇気を出す相手は、何も家族でなくていいのだ。人種も経済力も性別も越えて、友情を築けるはずなのだ。
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山崎ナオコーラ
作家。
1978年生まれ。『趣味で腹いっぱい』『リボンの男』、エッセイ『文豪お墓まいり記』『ブスの自信の持ち方』など。
目標は「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」。
[放送情報]
グリーンブック
WOWOWシネマ 2/8(土)よる8:00
WOWOWプライム 2/10(月)よる6:45
WOWOWシネマ 2/16(日)午前10:00
WOWOWプライム 2/25(火)よる7:45
WOWOWシネマ 3/6(金)よる10:45
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