『ファントム・スレッド』3/8(日)よる9:00他
文=山田紗也子
ダニエル・デイ=ルイスの名を聞いて何が思い浮かぶだろう。
美しく端正な顔立ちか、狂気を宿した濁った瞳か。古今東西、名優と呼ばれる人物の中でも、彼ほど全力投球で真に迫り、作品のたびにスケールを拡げてくる人物はいない。だって共演者に本物のボウリングの球を投げつけるなんて、いくらなんでも...ねえ?
その名が日本で知られるようになったのは80年代。『マイ・ビューティフル・ランドレット』('85)や『眺めのいい部屋』('86)に出演し、貴公子のようなほほえみで英国映画ブームを牽引、多くの女性ファンを獲得した。その後はメソッド演技を追求。脳性小児まひにより体が不自由になった画家を演じた『マイ・レフトフット』('89)で最初のオスカーをゲット。撮影時はもちろんプライベートでも車いすに乗り、左足だけを使って生活したという。無理な姿勢を取り続けた結果、ろっ骨を2本折ったというのは、ちょっとやりすぎ。
『マイ・ビューティフル・ランドレット』3/13(金)よる11:10
© A Working Title Limited/SAF Productions Production for Channel 4
90年代から、デイ=ルイスは演じるキャラクターに"成り切る"を超えて、"そのものになる"ことに文字通り命を懸けてチャレンジすることになる。撮影中は本名で呼ばれることを嫌い、役柄に応じて生活スタイルを変え、狩猟やボクシングも完璧なまでに身につける(役作りのスパーリング中に鼻を骨折しており、現在も鼻が曲がっているのはそのせい)。もはやメソッド演技をすぎて憑依の域だ。
『マイ・レフトフット』3/9(月)よる9:00他
©Ferndale Film Ltd / ITV Studios Limited 1989
ルックスが良く演技はオスカー級。引く手あまただったのに突如、スクリーンに背を向け'98年にイタリア、フィレンツェの靴職人に弟子入りした。マーティン・スコセッシ監督に説得され、呼び戻されるまでなんと4年。転職していたと言ってもいいレベルで靴作りに没頭していた。そして復帰作の『ギャング・オブ・ニューヨーク』('02)は19世紀のアメリカに生きた、ギャングの肉屋を演じた。撮影中、極寒の日でも当時はなかったからと言って厚手のコートを着ることなく、肺炎になってしまったにもかかわらず同じ理由で服薬も拒んだ。これは本当にやりすぎ。
『ギャング・オブ・ニューヨーク』3/10(火)よる9:00他
©2002 Miramax Film Corporation.All Rights Reserved Initial Entertainment Group.
凝り性がそうさせるのか、もともと器用なのか、2009年には妻レベッカ・ミラーの監督作『50歳の恋愛白書』('09)に大工スタッフとして参加している。同年のロブ・マーシャル監督作『NINE』ではイタリアなまりの英語を使いこなし、色気たっぷりの歌声も披露。スティーヴン・スピルバーグ監督作『リンカーン』('12)ではアメリカ南部の英語を身につけた。ほかにも撮影中は現代のニュースやプライベートに関する話題を避け、周りに"ミスター・プレジデント"と呼ばせるなどして役に成り切り、この作品で『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』('07)に続いて3度目のアカデミー賞主演男優賞を受賞。主演賞を3度というのは前人未到の快挙で、いまだ記録は破られていない。それからまた靴の世界に舞い戻っていた彼は、ポール・トーマス・アンダーソン監督の『ファントム・スレッド』('17)で再び演技の道に帰ってくる。
『NINE』3/11(水)よる9:00他
©2009 The Weinstein Company. All Rights Reserved
『リンカーン』3/12(木)よる9:00他
© 2012 Twentieth Century Fox Film Corporation and DreamWorks II Distribution Co., LLC. All rights reserved.
物語の舞台は1950年代のロンドン。社交界で華々しい存在感を放つ天才仕立屋、レイノルズは若いウェイトレスのアルマ(ヴィッキー・クリープス)と出会い、彼女をミューズとして迎え入れる。だが狂ったようにドレスを作り続けるレイノルズにアルマは不満を募らせ、彼の秘められた真実に踏み入っていく。
『ファントム・スレッド』
© 2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.
狂気じみた天才レイノルズの役は、やりすぎ俳優のデイ=ルイスにピッタリ。彼は資料を読み漁り、美術館に通って古いドレスをスケッチするだけでは飽き足らず、ニューヨーク・シティ・バレエ団の衣装監督に師事して約1年間も裁縫を学んだ。すっかりオートクチュールの技術を自分のものにした彼は、妻に手作りの手袋とドレスを贈ったという。夫婦の逸話は素敵だが、これもかなりの、やりすぎ。
『ファントム・スレッド』
© 2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.
とても残念なことに、彼は『ファントム・スレッド』で俳優を引退してしまった。きっとアイルランドの自宅で黙々と木材や皮革に向き合い、穏やかな時間を過ごしているのだろう。だが伝説はこれからも映画界で生きていく。「困難な役に挑むのは俳優の本能」と語ったデイ=ルイス。心身を削って役を作り上げる彼のやりすぎ魂は、何度観ても圧倒的なリアルを感じさせてくれる。
文=山田紗也子
エンタメ系雑誌の編集部員を経てフリーに転向。映画、TV、演劇のジャンルで執筆活動中。
[放送情報]
ファントム・スレッド
WOWOWシネマ 3/8(日)よる9:00
WOWOWプライム 3/11(水)深夜2:00
WOWOWシネマ 3/19(木)午後3:50
マイ・ビューティフル・ランドレット
WOWOWシネマ 3/13(金)よる11:10
マイ・レフトフット
WOWOWシネマ 3/9(月)よる9:00
WOWOWシネマ 4/10(金)午前9:00
ギャング・オブ・ニューヨーク
WOWOWシネマ 3/10(火)よる9:00
WOWOWプライム 4/24(金)午後4:00
NINE
WOWOWシネマ 3/11(水)よる9:00
WOWOWプライム 4/4(土)深夜3:50
リンカーン
WOWOWシネマ 3/12(木)よる9:00
WOWOWシネマ 4/17(金)午前11:30
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