2020/04/17 up

第14回 僕たちはどうやって大人になったのか。ままならぬ人生の変化と軌跡を辿る

『町田くんの世界』 4/20(月)午後3:00他

文=ミヤザキタケル

 映画アドバイザー・ミヤザキタケルがおすすめの映画を1本厳選して紹介すると同時に、併せて観るとさらに楽しめる「もう1本」を紹介するシネマ・マリアージュ。

 第14回は、ある高校生と周囲を取り巻く人物たちの人間模様を通し、多くの人が大人になるにつれて手放していってしまうものを描く『町田くんの世界』と、多くを手放してもなお続いていく人生のあり方や過酷さ、変わらないものもあることを感じさせてくれるアラフォーのリアルを描いた『半世界』をマリアージュ。

『町田くんの世界』('19)

 安藤ゆきの少女マンガを、『舟を編む』('13)、『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』('17)の石井裕也監督が、約1,000人の中からオーディションで選ばれた新人2人を主演に実写映画化。見た目も地味で運動も勉強も苦手だが、人を愛する才能がズバ抜けた高校生の町田一(細田佳央太)が、クラスメイトの猪原奈々(関水渚)との出会いをキッカケに"分からない感情"を知り、周りのすべてを巻き込んで答えを探していく。

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 かつて誰もが思っていた。友達100人できると、初恋の相手と結ばれると、アニメのヒーローのように困っている人がいたら手を差し伸べるのが当たり前だと、輝かしい未来が訪れるに決まっていると、人と人は絶対に分かり合えるものだと。でも、どこかのタイミングで考えを改める。抗い続けたとて、いつの日かきっと打ちのめされる。信用できる友達はわずかで、初恋の相手と結ばれるのはひと握りで、困っている人がいてもスルーしがちで、思い描いた未来とは異なる今を生き、人と人は必ずしも分かり合えるとは限らない。そんな風に、大人になれば否が応でも色々なことを割り切りながら生きていく。町田くんの世界、それは僕たちが手放したり諦めてしまった世界で、本作は誰もがかつて所持していた純粋で真っ直ぐな想いを手放すことなく持ち続ける少年の物語だ。

 人によっては思うだろう。こんな奴はいるはずがないと、こんな想いのままで生きられっこないと、いつかは僕たちと同じ絶望に直面すると。彼のような分け隔てない優しさ、周囲の目や言動にとらわれ過ぎないメンタル、損得勘定やリスクを顧みない行動力、確かにどれもこれも絵空事に思えてしまうかもしれない。百歩譲って学生のうちだけで、社会へ出れば変わってしまうと。しかし、彼のような想いを貫き通したまま大人になることだってできたはず。そう、可能性を手放してしまったのは僕たち自身の弱さや驕りでしかないことに、この作品は気付かせてくれる。

detail_200417_photo02.jpg©安藤ゆき/集英社 ©2019 映画「町田くんの世界」製作委員会

 抱いていた希望や願望や幻想が清らかであればある程に、それを信じられなくなってしまった時のダメージやショックは大きい。大抵の場合は耐え切れなくなって逃げ出してしまう。だが、そこから逃げ出すことなく想いを貫き続けられたのなら、清らかさは純度を増し、周囲により良い影響を及ぼすまでになっていく。本作終盤で見せつけられることになるのは、まさにその象徴であり極み。人によっては拒否反応を示してしまうかもしれないが、描かれていたのはおそらく希望であり可能性。その上で、自分が一体何を諦め、何を手放し、もし想いを貫き通したなら何を得られたのか、町田くんの姿を通して垣間見ることになるだろう。

detail_200417_photo03.jpg©安藤ゆき/集英社 ©2019 映画「町田くんの世界」製作委員会


『半世界』('19)

『エルネスト』('17)の阪本順治監督のオリジナル作品。とある地方都市を舞台に、炭焼き職人として働く39歳の高村紘(稲垣吾郎)とその旧友らが、家族・仕事・友人と向き合っていく様を描いた人間ドラマ。諦めるには早過ぎて、焦るには遅過ぎる40歳目前の男たちの様々な葛藤を通し、いくつになっても変わることのないままならぬ人生を、他者との繋がりの大切さを映し出す。

『町田くんの世界』を観たのなら、かつて自分にも宿っていたであろう可能性を思い出し、何かを変えられそうな勇気が湧いてくると思う。ただ、それは一朝一夕で取り戻せるものではない。年を取れば、どうにもできないこともある。町田くんのような輝きを既に失ってしまった男たちが必死にあがく姿を目にすれば、その道理が分かるはず。

 思い描いた通りの人生をあなたは生きているだろうか。胸を張って「YES」と答えられる人も中にはいるが、きっと多くの人が高村たちと同様、心のどこかで折り合いをつけながら生きている。若かりし頃であれば、割り切ったり投げ出したり諦めたとしても、何度でも新たなスタートを切れたと思う。けれど、ある程度の年齢に達してしまえば、無数の責任とリスクが付きまとう。全てを手放すにしても、多くを背負い過ぎてしまっている。仮に手放してしまったのなら、自分の中の大切な何かを差し出したり、大切な誰かをひどく傷つけることにもなるだろう。

detail_200417_photo04.jpg『半世界』4/23(木)午後0:40他
©2018「半世界」FILM PARTNERS

 僕は現在33歳なのだが、人生の折り返し地点とも言える40歳を目前に控えた男たちの現実を目の当たりにして思った。色々なことに挑戦したりつかみ取っていくのが20代や30代なのだとしたら、自分でつかみ取り築き上げたものや、先人から託されたものを維持したり滞りなく継続させていくのが40代なのだと。そして、親の存在など、それまで当たり前のようにあり続けてきたものが有無を言わさず失われ始めていく頃合いであるのと同時に、友情や思い出など、変わらずにあり続けるものに宿る価値を見直していくべき頃合いでもあるのだと。いつの世も時代は移り変わるし、人は年齢を重ねていく。そんな中、今あるものや価値観だけでやっていけるとは限らない。何かしらテコ入れしなければ、創意工夫を加えなければ、平穏を維持できなくなることもある。変化を拒む心、変化を受け入れられる心、変化しないものに気が付ける心。いくつもの心のあり方を共存させてこそ、40代という年齢を上手く立ち回ることができるのだと、本作におけるアラフォー世代の男たちの葛藤が示してくれる。

detail_200417_photo05.jpg©2018「半世界」FILM PARTNERS

 若かりし頃に持ち合わせていたはずの輝きと、大人になればなる程に逃れられなくなっていく無数の問題。双方を照らし合わせることで見えてくる何かが、より良き今を生きていくためのヒントに繋がると思います。是非セットでご覧ください。

detail_200417_photo06.jpg©2018「半世界」FILM PARTNERS

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  • 文=ミヤザキ・タケル
    長野県出身。1986年生まれ。映画アドバイザーとして、映画サイトへの寄稿・ラジオ・web番組・イベントなどに多数出演。『GO』『ファイト・クラブ』『男はつらいよ』とウディ・アレン作品がバイブル。


[放送情報]

町田くんの世界
WOWOWシネマ 4/20(月)午後3:00
WOWOWライブ 5/23(土)午後2:55
WOWOWプライム 5/28(木)深夜3:20

半世界
WOWOWシネマ 4/23(木)午後0:40
WOWOWプライム 5/9(土)午前6:10

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