「寝ても覚めても」10/6(日)よる9:00他
文=轟夕起夫
ひとりの俳優が劇中、2人の人物を演じること──そう、難易度の高い"ひとり二役"は役者のキャリアにとって古今東西、ステップアップを示す格好の設定だ。
例えば日本映画でいえば今年、吉沢亮が『キングダム』('19)で彼の熱烈なファンだけでなく、広く原作フォロワーのあいだでも認められたのが記憶に新しい。すなわち、戦争孤児の主人公と同じ境遇である盟友・漂(ひょう)と、中華統一を目指す若き王・嬴政(えいせい/後の秦の始皇帝)というストーリーの要となる二役を担って、その演じ分けの巧みさが絶賛されたのだ。
ファンが「推しの役者」を支持するのは当然だが、ひとり二役という設定は、演じ手の力量が目に見えて分かるのでそれ以外の人々の心をも如実につかんでしまうのである。というわけで今回、「俳優の魅力を味わうなら...ひとり二役映画のススメ」と打ち出し、昨年公開されて話題を呼んだ『寝ても覚めても』('18)の東出昌大と『風の色』('18)の古川雄輝をピックアップしてみた。
まずは第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品された濱口竜介監督の『寝ても覚めても』。芥川賞作家・柴崎友香による同名恋愛小説の映画化だが、東出昌大はここで「優しく誠実なサラリーマン・丸子亮平」と「ミステリアスな自由人・鳥居麦(ばく)」という対照的なキャラクターを体現してみせる。唐田えりか扮するヒロインがかつて愛した男が「麦」で、彼が不意に姿を消した2年後、同じ顔をした、大阪から東京へと転勤してきて出会ったのが「亮平」だ。
『寝ても覚めても』
©2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会/ COMME DES CINEMAS
一度は「亮平」と過ごす新たな時間の中で過去を乗り越えたかのように見えたが、突如「麦」が戻ってきて、2人を引き裂こうとする。同一画面上に「亮平」と「麦」、W東出が並ぶシーンのスリリングなこと! 揺れ動く女性の心情が描かれていくとともに、まるでエイリアンのごとき「麦」の存在感が強烈で、次第に「亮平」の性格にも化学反応が起きていく展開がすさまじい。そういったケレン味に見事リアリティを与え、東出昌大はこの映画で大きく飛躍した。
『寝ても覚めても』
©2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会/ COMME DES CINEMAS
"ケレン味"と記したが、"ひとり二役"を導入するとおのずと、作品がトリッキーになる。『猟奇的な彼女』('01)や『僕の彼女を紹介します』('04)で知られるクァク・ジェヨン監督の『風の色』のほうは、ミステリータッチのひとひねりあるラブストーリー。
『風の色』10/15(火)よる6:45
© 「風の色」製作委員会
北海道の知床と東京を舞台に、古川雄輝は「100日前に姿を消した恋人を探す青年・涼」と「涼そっくりなマジシャン・隆」を演じており、こちらのヒロイン、藤井武美も二役に。東京で暮らしていた「涼」が、恋人ゆりを探しに知床へと向かったところ、口ヒゲをたくわえた、自分に似ているマジシャンの「隆」、さらにはゆりとうり二つの女性・亜矢と遭遇し、不思議な出来事に巻き込まれていく。
『風の色』
© 「風の色」製作委員会
これは監督や出演者がインタビューで答えているからネタバレではないと思うのだが、実は"ドッペルゲンガー"という設定で、クァク・ジェヨンらしい時空を超えた奇想を成立させるべく、古川は献身的に身を投じている。Mr.マリック直伝のマジックにもスタントなしで挑戦、とりわけ、大掛かりな水中拘束脱出パフォーマンスは役者魂の賜物だ!
『風の色』
© 「風の色」製作委員会
さて。『寝ても覚めても』と『風の色』、それぞれに出演し、東出昌大は第10回TAMA映画賞最優秀男優賞や第40回ヨコハマ映画祭主演男優賞を獲得、かたや古川雄輝はといえば、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2019にてニューウェーブアワード俳優部門を受賞した。2人の役者としての"ステップアップ"は、こうして具体的に証明されているのであった。
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文=轟夕起夫
ライター。「キネマ旬報」「映画秘宝」「クイック・ジャパン」「ケトル」「DVD&動画配信でーた」などで執筆。モデルとなった書籍「夫が脳で倒れたら」が発売中。
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