2020/07/07 up

『記憶にございません!』からたどる三谷幸喜流映画の笑いのエッセンス

『記憶にございません!』7/18(土)よる8:00他

文=八木賢太郎

 興行収入36.4億円(日本映画製作者連盟発表)の大ヒットを記録した『記憶にございません!』('19)。三谷幸喜監督の8作目となるこの映画は、これまでの三谷作品で培われてきた笑いと演出のエッセンスが全編にちりばめられた、"三谷監督らしさ"満載の一本だ。

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 物語は「史上最悪の総理大臣」と呼ばれ支持率低迷にあえぐ総理大臣・黒田啓介(中井貴一)が、とある事件をきっかけに記憶喪失に陥ったことから始まるドタバタ群像劇。

 この「記憶を失くした総理大臣」という設定は、三谷監督の「もしも自分が、ある日突然、総理大臣になっていたら?」という空想から生まれたものだという。その空想を発展させた今作は、記憶を失くした主人公が「自分自身のはずなのにまったく知らない自分」に成り済ます物語となった。

「ある人物が他の誰かに成り済まして周りをだます」という手法は、これまでの三谷作品でおなじみの、いわゆる十八番である。
 もともとは脚本家である三谷監督は、身近にいる役者たちが、完璧に役に成り切って違う人物になってしまう演技力(と、一瞬にして他人に化けられる面白さ)に昔から尊敬と驚きを感じていて、彼の作品では、役者を職業にしている登場人物が、その演技力を駆使して他の誰かに成り済ますというシチュエーションがしばしば使われてきた。

 たとえば代表作の一つ『ザ・マジックアワー』('08)も、売れない役者(佐藤浩市)がギャングに雇われた本物の殺し屋を演じる物語。本人には周りをだましていることを知らず、周りも彼を本物だと信じてしまうことで絶妙な笑いが生まれるという構造だ。
 今作の黒田総理にしてもそうだが、彼らは悪意があって誰かをだますわけではない。必ず何かの事情があって、やむにやまれず、必死になって周りをだます。だましている方もだまされている方も、みんな至って真剣なのだ。

detail_200707_photo02.jpg『ザ・マジックアワー』7/19(日)午前11:30他
©2008 フジテレビ 東宝

 この「登場人物たちはみんな真剣」というのが、実は三谷映画を語る上では大事なポイント。彼の作品はコメディだが、物語の中には、人を笑わせようとする人は出てこないし、笑っている人すらもほとんどいない。登場人物たちは、大抵が悩んでいたり、窮地に追い込まれていたりして、常にテンパっている。だからこそ、彼らの行動や言動に微妙なズレが生まれ、それが"神目線"で彼らを眺めている観客たちの笑いとなる。彼らが真剣になればなるほど、面白さが倍増するのだ。

 

 さらに三谷映画のもう一つのポイントといえるのが、演劇的な演出方法。
「僕はあくまで演劇畑の人間」と常に公言する三谷監督だけに、自身の映画作品でも、カット割りをしない長回しや、ある一つの場所を中心に物語が進行する状況設定など、演劇的な手法を多用する。

 中でも三谷監督が毎回こだわりを見せるのが、物語の舞台となるセット。映画監督デビュー作『ラヂオの時間』('97)のラジオブースから始まり、『みんなのいえ』('01)では新築の一軒家、『THE 有頂天ホテル』('06)では豪華ホテル、『ステキな金縛り』('11)では大法廷と、作品ごとに大規模で精巧なセットを造り上げ、『ザ・マジックアワー』では、ついに架空の街を丸ごとセットで造り上げてしまった。

 近年、予算の都合から大掛かりな撮影用セットを組む映画が減ってきている中では異例のことだが、日本とも外国ともつかないファンタジーな三谷映画の絵作りのためには、このセットが必要不可欠なアイテムなのだ。

detail_200707_photo03.jpg『ラヂオの時間』7/18(土)午前9:30他
©1997 フジテレビ 東宝
detail_200707_photo04.jpg『みんなのいえ』7/18(土)午前11:15他
©2001 フジテレビ 東宝
detail_200707_photo05.jpg『THE 有頂天ホテル』7/18(土)午後5:30他
©2006 フジテレビ 東宝
detail_200707_photo06.jpg『ステキな金縛り』7/19(日)午後2:00他
©2011 フジテレビ/東宝

『記憶にございません!』でも総理が執務に当たる首相官邸と、その裏で総理が家族と暮らす首相公邸という2つの豪華セットが造られた。総理大臣が主人公の映画なのに国会のシーンはあまり登場せず、物語のほとんどはこの2つの場所で進行していく。

 一国を動かす総理大臣の表の姿ではなく、その裏側の公邸で巻き起こる人間ドラマを描くというこのやり方も、まさに"三谷監督らしさ"の一つ。これまでの作品でも、華やかな表舞台で活躍する人物を主人公にしながら、実際には、その裏側に潜む人間同士の駆け引きのおかしさ、夫婦の葛藤や家族の確執が常に物語のテーマとして描かれてきたのだ。

detail_200707_photo07.jpg『記憶にございません!』
©2019フジテレビ 東宝

 もちろん三谷作品だから、そうした登場人物たちの葛藤や確執も、物語の最後には必ず解消してすっきりさせてくれる。消化不良になることは決してない。今回の『記憶にございません!』も、観終わった後にはほっこりと温かい気持ちになっているはずだ。
「とにかく笑えて後に何も残らないのが、僕が考える理想のコメディ」と言いつつ、必ずそうして観客の中に何かを残してくれる三谷監督。だからこそ、いつも彼の作品には「誰もが楽しめるウェルメイド(出来や構成が良いという意味)な作品」という形容詞がつけられるのではないだろうか。

detail_200707_photo08.jpg『記憶にございません!』
©2019フジテレビ 東宝


八木賢太郎
フリーライター。"伝説のお笑い雑誌"『カジノ・フォーリー』元編集者。"伝説のプロレス雑誌"『紙のプロレス』元居候。WOWOWシネピックでは、スピードワゴン小沢一敬の『このセリフに心撃ち抜かれちゃいました』のインタビュー&構成を担当。


[放送情報]

記憶にございません!
WOWOWシネマ 7/18(土)よる8:00
WOWOWプライム 7/19(日)午前10:15
WOWOWプライム 7/21(火)よる7:15
WOWOWシネマ 7/26(日)よる6:50
WOWOWプライム 8/8(土)午後0:45


ラヂオの時間
WOWOWシネマ 7/18(土)午前9:30
WOWOWシネマ 7/27(月)よる7:15


みんなのいえ
WOWOWシネマ 7/18(土)午前11:15
WOWOWシネマ 7/28(火)よる7:00


THE 有頂天ホテル
WOWOWシネマ 7/18(土)午後5:30
WOWOWシネマ 7/27(月)よる9:00


ザ・マジックアワー
WOWOWシネマ 7/19(日)午前11:30
WOWOWシネマ 7/28(火)よる9:00


ステキな金縛り
WOWOWシネマ 7/19(日)午後2:00
WOWOWシネマ 7/29(水)よる9:00


※ほかにもWOWOWでは三谷幸喜関連作品を放送!


竜馬の妻とその夫と愛人
WOWOWシネマ 7/18(土)午後1:15
WOWOWシネマ 7/30(木)よる7:00


笑の大学
WOWOWシネマ 7/18(土)午後3:15
WOWOWシネマ 7/29(水)よる6:55


清須会議
WOWOWシネマ 7/19(日)午後4:30
WOWOWシネマ 7/30(木)よる9:00
WOWOWプライム 8/29(土)よる6:40


ギャラクシー街道
WOWOWシネマ 7/19(日)よる7:00
WOWOWシネマ 7/30(木)深夜1:45


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