2020/07/03 up

第4回選出作品:『ヘイト・ユー・ギブ』

『ヘイト・ユー・ギブ』8/5(水)午後0:15他

 SDGs(Sustainable Development Goals)とは、2015年9月の国連サミットにて全会一致で採択された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す17の国際目標。地球上の「誰一人取り残さない(Leave No One Behind)」ことを誓っている。

detail_200703_photo03.jpg

 フィクションであれ、ノンフィクションであれ、映画が持つ多様なテーマの中には、SDGsが掲げる目標と密接に関係するものも少なくない。たとえ娯楽作品であっても、視点を少し変えてみるだけで、我々は映画からさらに多くのことを学ぶことができる。フォトジャーナリストの安田菜津紀が、映画をきっかけにSDGsを紹介していき、新たな映画体験を提案するエッセイ。第4回は、『ヘイト・ユー・ギブ』('18)から「目標10:人や国の不平等をなくそう」「目標16:平和と公正をすべての人に」の2つについて考える。

  • detail_yasuda.jpg
  • 安田菜津紀
    神奈川県出身。1987年生まれ。フォトジャーナリスト。東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)ほか。


文=安田菜津紀

ジョージ・フロイドさんの事件で思い出した15年前の出来事

 2006年、当時大学生だった私は、ボランティアとして「あしなが育英会」の活動に携わっていた。「あしなが育英会」は、親を亡くした学生や、親に障害がある学生向けの奨学金貸与などを活動の軸としている団体だ。その「あしなが育英会」が、世界16カ国から、さまざまな事情で親を失った100人の子どもたちを招き、日本の学生たちとの交流キャンプを開くことが決まり、夏休みにそこに参加することになった。

安田菜津紀さんの他の記事はこちら >

 津波や地震、テロや紛争、エイズ、それぞれが語る親を亡くした体験は、どれも壮絶なものだった。そんな子どもたちの中で、ひときわ陽気で、積極的に周囲と交流している男の子がいた。ウィルと呼ばれる14歳のその少年は、米ルイジアナ州ニューオーリンズの出身だった。

 ウィルが来日する前年の2005年8月末、ハリケーン・カトリーナがこの地を襲った。適切な補修が行われていなかったとされる堤防が決壊し、ニューオーリンズ市の8割が冠水。死者は全米で1,800人以上に上った。犠牲者の多くが、貧困層の黒人だったといわれている。ウィルの母親も、その一人だった。

 彼の母親は逃げ遅れて自宅で家具の下敷きになってしまい、身元を確認するのに2カ月もかかった。その間ウィルは「生きているかもしれない」と祈り続けたものの、その願いは打ち砕かれてしまった。「自分の中で黒い塊がどんどん大きくなっていくような感覚だった」と、ウィルは当時を振り返った。その黒い塊は悲しみとなり、母の葬儀の日についに心からあふれ出てしまったという。「子どもたちがたくさんの愛に包まれる社会を築きたい」と語る彼の将来の夢は、伝える仕事に就きたいという理由から「フォトジャーナリストか小説家」だった。

2020年5月25日、米ミネソタ州ミネアポリスで、黒人男性のジョージ・フロイドさんが警察官に膝で首を抑え付けられ、その後亡くなる事件が起きた。これが発端となり、「#BlackLivesMatter」というスローガンとともに、 抗議デモが全米各地に広がった。

ジョージ・フロイドさんの事件をニュースで目にした時、私は真っ先にウィルと、ニューオーリンズで15年前に起きたことが浮かんだ。ハリケーン襲来後、ニューオーリンズでは警官らが市民に暴力を振るう事件も起き、その中には人種差別に基づくものではないかと指摘されるものもあった。「ここが黒人の暮らす場所だったから、救援活動が遅れたのでは?」という非難の声さえ上がった。

ジョージ・フロイドさんが「息ができない!」と訴えながら亡くなっていったことから、デモの参加者の中には同じフレーズを口にして抗議する人々も見受けられる。けれどもジョージ・フロイドさんの事件の前から、ニューオーリンズを襲ったハリケーン・カトリーナの前から、きっと「息ができない!」と訴える声は上がっていたはずだ。アメリカにおける奴隷制度や、黒人の公共施設利用を制限するジム・クロウ法は今、「終わった」かのように見えるかもしれない。けれどもリチャード・ニクソン第37代アメリカ合衆国大統領が掲げた「麻薬戦争」の下、大勢の黒人が投獄され続けてきたのは、事実上の「隔離政策」のようなものだった。こうして刷り込まれていく黒人への「恐怖」を、権力者たちは利用しようとしてきたのだ。

『ヘイト・ユー・ギブ』からひもとく2つのSDGs

 アメリカで今何が起きているのかを知りたい、という方に、ぜひ今回紹介する『ヘイト・ユー・ギブ』を観てほしい。主人公である黒人の女子高校生、スター(アマンドラ・ステンバーグ)は、白人が圧倒的に多い高校で、「本当の自分」を隠し、「もう一人の自分」を演じながら日々を過ごしていた。けれどもある時、久しぶりに再会した幼なじみを、目の前で警官に射殺されてしまう。彼が武器も持たず、抵抗する素振りも見せなかったにも関わらず、だ。学校生活は、彼女の悲しみを癒やしてはくれなかった。高校生たちの何げない会話の中にも、社会の矛盾と偏見が見え隠れするからだ。

detail_200703_photo02.jpg©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.

 警官の一人は、黒人に対する恐怖があるから仕方ない事件だったと、スターを諭そうとする。ジョージ・フロイドさんの死に対しても、そんな単純化しようとする声が投げ掛けられたこともあった。けれども当事者間の恐怖の問題、個々人の内面の問題だけに矮小化してしまっては、その背後の構造的な暴力を見過ごしてしまうはずだ。スターが勇気を持ってデモで声を張り上げても、パトカーのサイレンと喧騒の中でかき消されそうになる、あの光景はまさに、圧倒的な「力」の差が、差別をする側、受ける側の間に根深く存在していることを表しているように思えた。こうして無力感に押しつぶされそうになるスターが、最後に少し希望を見いだすシーンもある。そんな場面が、「絶望するのはまだ早い」と思わせてくれた。声を上げることは決して無駄ではないと、この映画は教えてくれた。だからこそ今、観てほしいと思う。

 今回、SDGsの中でまず選んだのは、差別を解消していくために必要な「目標10:人や国の不平等をなくそう」だ。加えて「目標16:平和と公正をすべての人に」を選んだのは、「目標10〜」を実現するために、司法が適切に機能することが必要だと考えたからだ。司法や政府への信頼があって初めて、社会が闇のような不安から抜け出すことができる。

 実は、大学生の時に出会ったウィルは今、地元メディアで記者として活躍している。「伝える仕事がしたい」という、出会った時に語ってくれた夢を彼はかなえたのだ。こうして"マイノリティー"が何かを成し遂げると、「黒人なのに頑張ったんだね」という美談で締めくくられてしまうことも少なくない。けれども私たちはいつまで、「あなたはマイノリティーなのだから努力しなさい」と言い続けなければならないのだろう。ルーツや生まれ、セクシャリティーによってではなく、「やりたいことや目標があるなら、努力してみよう」と、次世代には声を掛けたい。より良い社会を築きたいと願った時、『ヘイト・ユー・ギブ』 のような映画が、未来への指針の一つを示してくれるはずだ。


「観て、学ぶ。映画の中にあるSDGs from安田菜津紀」の記事一覧はこちらから
archive_bunner06.jpg


[放送情報]

ヘイト・ユー・ギブ
WOWOWシネマ 8/5(水)午後0:15
WOWOWライブ 8/20(木)午前6:30


detail_200403a_photo06.jpg

TOPへ戻る

最新記事

もっと見る

© WOWOW INC.