2018/03/23 up

あの星野源によしもと芸人も! ボイス・キャストで探る天才アニメ作家・湯浅政明の世界

「夜は短し歩けよ乙女」4/8(日)午前9:00

 アニメや洋画の吹き替えで良くも悪くも話題になるのが、声のキャスティング。ことに本業が声優ではないタレントやお笑い芸人の起用は、何かと物議を醸しがちです。ですがその一方で、声優ではないキャストならではの魅力を武器にしているアニメ監督も存在しています。湯浅政明です。この湯浅監督という人は、勢いのある描線や融通無碍な色使いで、独特の世界観を確立しているアニメ作家。それだけに、ボイス・キャストの選定も型破りで、恐らくは宮崎駿監督と並んで、最も意識的に「声優以外の声」を用いる監督と言えるでしょう。

 なかでも象徴的な作品が、ロビン西の同名漫画を原作とする『MIND GAME マインド・ゲーム』('04)。湯浅監督の長編アニメ映画デビュー作となったこの作品は、実験的な演出にあふれた一本です。元カノとその姉に再会した主人公・西は、姉妹の父の借金を取り立てに来たヤクザに射殺されますが、神様に逆らって復活。姉妹ともども逃亡し、その途中で巨大な鯨に飲み込まれ、腹の中で数十年間生き続けてきたじーさんに出会う...とまあ、ストーリーからして実にフリーダム。おまけに西の声を演じているのは、お笑いタレントの今田耕司なのです! ほかにも、じーさん役の藤井隆を筆頭に、島木譲二、坂田利夫、山口智充と、よしもと芸人が勢ぞろい。舞台が大阪なので、自然な大阪弁を喋れる人を探した結果とのことですが、これが映画の作風にも上手くマッチしているから侮れません。

detail_180323_photo02.jpg©2004 MIND GAME Project

 その最大の理由は、今田の声に芸人ならではのトボケた味があること。この物語はちょっと不思議なファンタジーですから、主人公の演技が真に迫っていればいるほど、「鯨の腹の中に、じーさんがいるのに、そこはツッコまないの!?」と、かえって気になってしまうでしょう。その点、聞くだけで頬の緩む今田の声と芝居なら、「んなアホな!」と笑って流して、すんなり入り込めるという寸法。ボイス・キャストの価値は「上手さだけで測れるわけじゃない」という好例です。

 続いては、湯浅監督にとって初の完全オリジナル作品となる『夜明け告げるルーのうた』('17)。中学生・カイは、コンピューターを使った作曲でネット上では有名ですが、日の差さない港町で祖父、父と暮らす実生活には、鬱屈した感情を募らせていました。そんなある日、同級生に誘われてバンドに参加した彼の前に、海から人魚の女の子、ルーが出現! 曲に合わせて歌い踊る彼女は、やがて町じゅうの人気者になっていきますが、そのせいで大変な騒動が巻き起こる、というお話です。

detail_180323_photo03.jpg©2017 ルー製作委員会

 この作品では、主人公カイ役の声を務めた下田翔大に要注目。声の出演時にはカイと同じ14歳だったという子役タレントで、それだけに思春期ならではの不安定さが、そのまま声に宿っているかのようです。対するルー役は、『君の名は。』('16)でヒロインの妹役で声優経験もある、子役タレントの谷花音。13歳のみずみずしい声で、純真無垢なルーを好演しています。いずれも大人の女性声優が演じたのでは決して表現できない、「本物の声」の力を頼んだキャスティングと言えるでしょう。それだけに、クライマックスでカイの「声」が果たす役割と、そこに込められた気持ちの爆発には、胸を打たれること請け合いです。

 またこの作品には、カイの祖父役で柄本明、町の若者役で漫才コンビ・千鳥の大悟とノブも出演。さらに頭がホオジロザメの人魚・ルーのパパ役は、なんとシドニーオリンピック柔道銀メダリストの篠原信一です! 唸り声のような台詞しか発しないのですが、それでも人の(?)よさや器の大きさを感じさせるのですから、こちらも演技力以前に「お人柄」の成せる技なのかもしれません。

 最後は、森見登美彦の小説を原作とする『夜は短し歩けよ乙女』('17)。主人公は京都に暮らす大学生で、後輩の黒髪の乙女に恋をしています。ところがアプローチといえば「偶然彼女の視界に入る」ぐらいがせいぜいで、いまだ声もかけられずじまい。一方、自由奔放で好奇心旺盛、おまけに底なしの酒豪である黒髪の乙女は、ある夜「無手勝流にお酒を楽しむ」べく、夜の先斗町へ。行く先々での出会いに導かれ、狂騒の一夜を過ごします。必死にそのあとを追う主人公は、果たして想いを告げられるのでしょうか! という、ちょっと不思議でコミカルな一本です。

detail_180323_photo04.jpg©森見登美彦・KADOKAWA/ナカメの会

 この作品では、とにかく主人公の大学生の声を演じた星野源の演技に驚かされることでしょう。ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』('16)の津崎平匡役でも有名な星野だけに、小理屈こねまわすばかりの序盤のヘタレっぷりから、騒動に巻き込まれる中盤の慌てぶり、クライマックスのちょっとだけカッコいいところまで、脇を固める実力派声優にもまったくひけを取っていません。適度に力の抜けたその声は、すっとんきょうで温かい森見&湯浅ワールドを、いっそう愛おしいものにしています。

 また星野ほど目立たないものの、パンツ総番長なる人物の声を担当しているお笑いトリオ・ロバートの秋山竜次も実にお見事! ドラマ『黒い十人の秋山』('17)でひとり10役をこなした経歴はダテではなく、お笑い芸人だとは気付かないほど自然な演技を披露しています。「声優じゃなくても演技が上手ければOK!」を地で行くキャスティングの妙を、ぜひ確かめてみてください。

文=岡島正晃

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特集:天才アニメーション作家 湯浅政明
ダイナミックにしてエキセントリック、アニメでなければ表現できない世界を描く天才アニメーション作家・湯浅政明を特集。「夜明け告げるルーのうた」など3本を放送。

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[放送情報]

『夜は短し歩けよ乙女』
WOWOWプライム 4/8(日)午前9:00 ほか

『マインド・ゲーム』
WOWOWシネマ 4/17(火)午前11:15

『夜明け告げるルーのうた』
WOWOWシネマ 4/19(木)午前11:15

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