2018/07/06 up

パルムドール獲得に結実した是枝裕和監督のテーマ選択と演出術

「そして父になる」 7/7(土)午後3:50

 対象に向き合う揺るぎないまなざしと深い洞察力から導かれる濃密な人間ドラマをコンスタントに発表してきた是枝裕和監督。最新作『万引き家族』('18)が第71回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞した。長編第3作『DISTANCE/ディスタンス』('01)でコンペティション部門に初出品以来、カンヌの常連となっていた是枝監督にとって、柳楽優弥に史上最年少かつ日本人初の男優賞をもたらした『誰も知らない』('04)、審査員賞を獲得した『そして父になる』('13)に続き、満を持しての受賞となった。

「三度目の殺人」

detail_180706_photo02.jpg©2017 フジテレビジョン アミューズ ギャガ

 大学時代に映画の魅力に取り付かれた是枝監督は、卒業と同時にTV番組制作会社に入社。ADを経て、いくつかのドキュメンタリー番組の監督を務めた。このドキュメンタリーの現場が、映画監督=是枝に大きな影響を与えることとなる。その後、長編映画デビュー作の『幻の光』('95)が第52回ヴェネツィア国際映画祭のオゼッラ・ドゥオロ賞を、第2作『ワンダフルライフ』('98)が第20回ナント三大陸映画祭の金の気球賞(グランプリ)を受賞するなど、早くからその才能は国外でも高く評価されてきた。

 是枝作品の真骨頂は、オリジナルの飽くなき追求にある。劇映画14作のうち原作があるのは『幻の光』(宮本輝)、『空気人形』('09、業田良家)、『海街diary』('15、吉田秋生)の3作のみで、これはベストセラー小説&人気コミックの映画化やTVドラマの劇場版が常態化し、オリジナル作品の実現が難しい日本映画界において極めて特異だ。

「海よりもまだ深く」

detail_180706_photo03.jpg©2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ

 病院での新生児取り違えに翻弄される2組の家族を追った『そして父になる』や、15年前に死んだ長男の命日に集う家族の2日間を綴る『歩いても 歩いても』('08)、団地で暮らす老いた母と中年ダメ息子との関係を描く『海よりもまだ深く』('16)をはじめ、市井に生きる人々を好んで取り上げるのも特徴だろう。時代に先んじてネグレクト(育児放棄)を扱った『誰も知らない』、福山雅治と2度目のタッグを組み、日本の司法制度の中で人が人を裁くことの意味を問うた『三度目の殺人』('17)、日本的な共同体の崩壊と再生を疑似家族を通して描いた『万引き家族』では社会的なテーマにも挑んでいるものの、決して答えや方向性を提示することはない。是枝監督が単純に"社会派"とは称されないゆえんがそこにある。その一方で、是枝作品の中で最もエンタメ色が強く、またあまり語られることがない『花よりもなほ』('06)は、ある種の反骨心から生まれたという。"愛する者のために戦う"ことを是とする映画の氾濫に違和感を覚えた是枝監督は、ならばと"絶対に戦わない男"を主人公に据えた。

『誰も知らない』、『奇跡』('11)、『そして父になる』、『万引き家族』など、是枝監督には子どもが主役を務めたり、重要な役割を担う作品も多い。子どもたちの自然な演技を引き出すためにあえて脚本は渡さず、現場で直接セリフを伝える手法は有名だ。あるいはそのシーンの大まかなシチュエーションと展開のみを伝え、相対する大人の役者が彼らのリアクションを引き出していく。自ら書き下ろした脚本に縛られることなく、現場の状況に応じてセリフを変えるのもいとわない。さらに役者の日常を観察して役に反映させることもある。『海街diary』で4姉妹の三女を演じた夏帆の普段の食べっぷりのよさに感服した是枝監督は、劇中でも彼女を大食いのキャラクターとした。それらの臨機応変な柔軟さは、ドキュメンタリーを経験したことに起因しているだろう。

「海街diary」

detail_180706_photo04.jpg© 2015 吉田秋生・小学館/フジテレビジョン 小学館 東宝 ギャガ

 映像のルックではその質感と不自由さを愛し、デビュー作から一貫してフィルムで撮影してきた。自然光やその場にある光(アベイラブル・ライト)で撮影する基本姿勢も変わらない。寒色系のしっとりした映像が特色だが、『海街diary』では鎌倉の陽光を活かした穏やかな空気感を生み出している。また、音楽の使い方も控えめで、使用シーン自体が少ない上に情感を盛り上げるようなこともない。反面『誰も知らない』では痛切極まりないシーンで、子供たちに寄り添うように流れるタテタカコの挿入歌「宝石」が鮮烈な印象を残す。ちなみに『歩いても 歩いても』のタイトルはいしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」、同じく『海よりもまだ深く』はテレサ・テンの「別れの予感」の歌詞から取られたもの。それぞれ樹木希林演じる母親の心象を表す曲として劇中でも効果的に使われている。

 家族ドラマの印象が強い是枝監督だが、作品群を俯瞰してみると実に多彩な側面を持っていることが分かる。いずれにせよ『万引き家族』は、現時点における是枝監督の集大成的作品であることに疑いの余地はない。過去作に触れることで、是枝作品の魅力を改めて再確認してみたい。

文=佐々木優

[放送情報]

海街diary
WOWOWシネマ 7/7(土)午後1:40ほか

そして父になる
WOWOWシネマ 7/7(土)午後3:50

海よりもまだ深く
WOWOWシネマ 7/7(土)よる6:00ほか

三度目の殺人
WOWOWシネマ 7/7(土)よる8:00ほか


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