「オー・ルーシー!」6/23(日) 深夜3:15
文=ミヤザキタケル
映画アドバイザー・ミヤザキタケルがおすすめの映画を1本厳選して紹介すると同時に、あわせて観るとさらに楽しめる「もう1本」を紹介するシネマ・マリアージュ。
第4回は、共にどうすることもできない現実を前に打ちひしがれ、それでもなお光を追い求めようとあがき続ける者達の姿を描いた『オー・ルーシー!』と『スリー・ビルボード』をマリアージュ。
『オー・ルーシー!』('17)
2014年に桃井かおり主演で制作された平栁敦子監督の短編映画を、寺島しのぶ主演で長編映画化した日米合作の人間ドラマ。アメリカ人英会話講師ジョン(ジョシュ・ハートネット)に恋したアラフォー独身OL節子(寺島しのぶ)の不器用で救いようのない恋模様を通し、人が前へ進んでいくために必要なモノを描いた作品です。
『オー・ルーシー!』
©Oh Lucy,LLC
今の自分に満足している人なんてそうはいない。より良き自分を、人間関係を、生活を、人生を追い求めて生きている。が、人はそう簡単には変われない。人生を変えるほどの出来事はそう頻繁には訪れない。追い詰められて、ようやくそのチャンスが訪れる。というより、チャンスがあったことに気が付けるようになるのだと思う。
現状の寂しい生活が良くないことは節子も重々承知していた。しかし、自分ではどうすることもできず、感情を押し殺し、他者の言葉を拒絶し、ごみであふれた部屋のごとく吐き出すことのできない想いだけがたまっていく。そんな中、ジョンとの出会いが凝り固まっていた彼女の心をもみほぐす。授業の一環でするハグによって他者のぬくもりを感じ、異性への欲求を自覚し、堅く凍り付いていた心に雪解けが訪れる。精神的にも肉体的にも節子の心はこじ開けられ、徐々に仮面が外れていく。不意に訪れたチャンスを前に、行動を起こすことを彼女は選ぶ。
柔らかくなった節子の心は、それまでであれば表に出すことのなかった想いを解放させていくのだが、良い面だけではなく悪い面も等しく顔を出す。ありのままの自分で世の中と対峙するということは、ごまかしが利かず、逃げ場がなくなるということ。受け入れられれば良いが、拒絶されたときのダメージは計り知れない。けれど、ありのままの自分で他者と関わらなければ、自覚することのできない己の一面がある。良い部分も悪い部分もすべて吐き出してこそ、自分という人間の器が見えてくる。たとえ結果が伴わなかったとしても、最後の最後までやり切ったのなら絶対に何かが残るはず。それこそが自分にとって大切なモノになっていく。
『オー・ルーシー!』
©Oh Lucy,LLC
何かにつけて人は「変わりたい」と口にするけれど、人は変わるんじゃない。より深く自分という人間を理解していくのだと思う。逆立ちしたって、自分という人間の性質までは変えられない。良き部分を伸ばすためには、自分に何ができて何ができないのかを把握する必要がある。汚い部分を抑え込むためには、直視するのが嫌になるくらいまで自分の醜さや卑しさと向き合う必要がある。そこまでして初めて、自分が最も輝けるすべを見つけ出せるのだ。そのためには、数多くの失敗や挫折も必要。挑戦しなくちゃ、打ちのめされなくちゃ、何が自分にとって大切なのか見極められない。
感情のままに突っ走り、惨めでカッコ悪い自身の嫌な部分を思い知らされる節子。すべてを出し切った彼女だからこそ、最終的に残ったモノが何なのかを見極められる。自分の良さもクソな部分も熟知してこそ、より良き自分に巡り会える。抜け出したくても抜け出せない日々を過ごす者にとって、最上級のキッカケを、"変わる"のではなく今ある自分を見つめ直すことの大切さを教えてくれる作品です。
『スリー・ビルボード』('17)
第90回アカデミー賞主演女優賞&助演男優賞を獲得したマーティン・マクドナー監督作品。何者かに娘を殺害されたミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)が、一向に犯人を特定できない警察への批判のメッセージを広告看板に載せたことで生じる騒動を通し、他者の心に歩み寄ることの難しさと大切さを描いた作品です。
『スリー・ビルボード』6/24(月) 深夜1:30他
© 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.
『オー・ルーシー!』を通じて、人がそう簡単に変われないことをあなたは目の当たりにすると思う。だが、本作は相手に変化を要求し、相手からも変化を要求される物語。当然かみ合うはずがない。圧倒的な理不尽さを前に、ミルドレッドは怒りの矛先も見いだせず、過去から抜け出すことも許されず、やり場のない想いを抱え苦しんでいく。そのシコリを取り除かない限り、前を向いて生きていくことはもちろん、自分を見つめ直すことなど到底不可能なことに思えてしまう。
疑心暗鬼の中では、自分のすべてをさらけ出すことなどできやしない。誤解なく相手と関われればいいが、同等の痛みや喜びを知る者でなければ理解し合えないこともある。それができないから、看板しかり、間接的に想いをぶつけることでしか相手の心を推し量れない。ただ、良くも悪くも行動を起こせば波紋を呼ぶ。周りには迷惑な話かもしれないが、光が見えないのなら手当たり次第ぶつかっていくしかない。数打ちゃ当たるわけでもないが、中には共に歩める者がいるかもしれない。劇中において動物と相対した時のミルドレッドの姿こそ、仮面を外した彼女の姿。憎悪にとらわれることなくあの姿をさらせる相手がいたのなら、心の重荷は軽減できる。己と向き合う余裕も生まれる。そんな相手に巡り会うためにも、やはり行動を起こし続けていく他ない。希望の中にも常に絶望は潜んでいて、絶望の中にも常に希望は潜んでいる。
『スリー・ビルボード』
© 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.
詰んだと思っても、歩みを進めるための方法は何かしら残されている。行動を起こすことで生じる波に乗れたのなら、光明を見いだすために必要な忍耐力や執念を維持していける。キツイ戦いになるのは必至だが、いつの日か自分を認めてあげられるところまで到達できるはず。
常に変化を追い求めてしまいがちなこの世の中で、変わることより大事なことを、今あるモノの中にこそ価値ある何かが眠っていることを強く示してくれる2作品になると思います。
『スリー・ビルボード』
© 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.
ぜひ併せてご覧ください。
-
文=ミヤザキ・タケル
長野県出身。1986年生まれ。映画アドバイザーとして、映画サイトへの寄稿・ラジオ・web番組・イベントなどに多数出演。『GO』『ファイト・クラブ』『男はつらいよ』とウディ・アレン作品がバイブル。
最新記事
-
2020/07/24 up
山崎ナオコーラの『映画マニアは、あきらめました!』
第17回『あの日のオルガン』
-
2020/07/21 up
メガヒット劇場
私たちがホアキン・フェニックス版『ジョーカー』に共鳴する理由、あるいは"プロト・ジョーカー"説
-
2020/07/17 up
ミヤザキタケルの『シネマ・マリアージュ』
第17回 ありのままの自分であるために。時代を超えて描かれる人間の孤独
-
2020/07/14 up
その他
日本映画界の頂点に立った、韓国人女優シム・ウンギョンとは
-
2020/07/10 up
スピードワゴン小沢一敬の『このセリフに心撃ち抜かれちゃいました』
スピードワゴン小沢一敬が「最高にシビれる映画の名セリフ」を紹介! 第18回の名セリフは「謝るなんてな、ほんのちょっとの辛抱だよ」
-
2020/07/08 up
山崎ナオコーラの『映画マニアは、あきらめました!』
第16回『記憶にございません!』