2019/09/20 up

第7回 揺れ動く"正義"の定義と境界線

「デス・ウィッシュ」9/21(土)よる10:30他

文=ミヤザキタケル

 映画アドバイザー・ミヤザキタケルがおすすめの映画を1本厳選して紹介すると同時に、あわせて観るとさらに楽しめる「もう1本」を紹介するシネマ・マリアージュ。

 第7回は、主人公が法の下で正義を押し通していく『空飛ぶタイヤ』と、法の外で正義を押し通していく『デス・ウィッシュ』をマリアージュ。

『空飛ぶタイヤ』('18)

 WOWOWでドラマ化もされた池井戸潤のベストセラー小説を映画化。脱輪事故によって死者を出した運送会社の社長、赤松(長瀬智也)が、自社の無実を証明すべく、リコール隠しをする自動車メーカーの闇に挑んでいく姿を描いている。

detail_190920_photo02.jpg

『空飛ぶタイヤ』 9/22(日)午前8:00 他
©2018「空飛ぶタイヤ」製作委員会

ミヤザキタケルさんの他の記事はこちら >

 理不尽にはあらがうのが人間。だけど、あらがい続けるためにはそれ相応の覚悟がいる。知恵・勇気・根気・金・時間etc...、それらを絶えず捻出し続け、重圧に耐え続けられる者だけが正義を果たすチャンスを得ることができるのだと、本作を観ていれば思うはず。ただ、責任ある立場であればある程にリスクは増し、どれだけ正義を果たしたくても、勝算の見えない戦いにはそう簡単に踏み出せない。時には諦めてしまった方が、余計なリスクを背負わずに済むこともある。一か八かに賭けて大ダメージを食らうより、勝負から逃げ最小限のダメージで済ませた方が賢明な時もある。しかし、それらの行為はやがて己の心を殺していく。積み重ねていけば、何も感じられぬ鈍感で独り善がりな心に、悪に加担することをいとわぬ醜悪な心へと成り下がっていく。

 間違っていると認識していながら、間違った道を平然と歩めるようになったのはいつからだろう。円滑で合理的な人間関係を重視するあまり、本心を押し殺すのが上手になったのはいつからだろう。時に必要な場面もあるが、条件反射の如く無意識に間違った道を歩んだり本心を押し殺したりしてはいないだろうか。僕たちは子ども時代に憧れたヒーローやヒロインのように、かつてはどんな逆境を前にしても正義を貫けると信じていた。が、大人になるにつれ疑い始めてしまう。現実はそう甘くないと、綺麗事だけでは生きられないと。けれど、正義のあり方は今も昔も変わっちゃいない。変わってしまったのは、向き合うことから逃げ出したのは僕たち自身。

detail_190920_photo03.jpg©2018「空飛ぶタイヤ」製作委員会

 無自覚に自分を押し殺すことに慣れてしまっている者なら、失いかけていた正義を欲する心に、他者の痛みに寄り添う心に、赤松たちの勇気は一条の光を灯してくれる。仕方がないと諦めてしまう前に、最善を尽くせたかどうかを己に問う時間だって与えてくれる。諦めない強さ、正義を果たすことの価値、この現実を生きていく上で手放してはならない大事なことに気付かせてくれる力強い作品です。

detail_190920_photo04.jpg

©2018「空飛ぶタイヤ」製作委員会

『デス・ウィッシュ』('18)

 1974年製作の『狼よさらば』を、『グリーン・インフェルノ』('13)などで知られる鬼才イーライ・ロス監督がリメイク。妻を殺害された外科医ポール・カージー(ブルース・ウィリス)が、復讐を果たすべく法を犯しながらも己の正義を貫く姿を通し、この現実社会にはびこる数多の理不尽や見失いがちな正義のあり方を描いた作品です。

detail_190920_photo05.jpg©2018 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

 『空飛ぶタイヤ』を観ることで、小さくとも力強い輝きがあなたの心を包むことだろう。だが、どうあがいたところで太刀打ちできないことが時にはある。誰もが赤松のように強いわけではないし、支えてくれる仲間がいるとも限らない。あくまでも法の下で戦っていた赤松とは異なる術を用いなければ、己が正義を果たせないことだってあるかもしれない。そんな時、あなたならどうするだろう。正義について、今一度突き詰めて考える機会を本作は与えてくれる。

 誰だって胸にはらんだ負の感情は、抱え込まずすぐさま外へ吐き出したいし、やられたらやり返したい。そして、相手がやり返してこないよう完膚なきまでに蹂躙するか、どちらか一方が理不尽を耐え忍ばない限り、永遠に終わりなど来ない。だが、それらの行動に"正義"は宿っているのだろうか。「復讐」と「正義」の線引きはどこにあるのだろう。やったやられたを繰り返した果てに、本当に「和解」や「平穏」など訪れるのだろうか。

 フードを被り悪人たちを問答無用で殺すポールは、SNSでの拡散を機に"死神"と呼ばれ始める。悪い奴だけを殺しているため結果オーライなのかもしれないが、悪人は法で裁かれているわけじゃない。けれど、法で裁くためには多くの手順を踏まなければならない。それならば、手荒な手段を用いてでも断罪してしまった方が、さらなる被害者を生まずに済む。目にする角度や立場次第で、それもまたひとつの正義かもしれないと思えてくる。

detail_190920_photo06.jpg©2018 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

 悪に堕ちるのは容易いが、正義を果たすのは難しい。そこに個人的な思惑や私怨が混じり始めた時点で、正義とは呼び難い歪なモノへと成り下がる可能性も秘めている。果たして万人に共通する正義など存在するのだろうか。『空飛ぶタイヤ』のように信じられる正義がそこにあれば良いが、『デス・ウィッシュ』のように正義のありかが揺れ動く場合、どのように正義をなし、どのように生きていくべきなのだろう。

 正義を貫き通すことの大切さ、貫き通すべき正義を維持することの難しさ。二つの作品を通して、あなたの心に宿る正義の真価を問われることになると思います。今すぐ答えは出せずとも、その答えを模索する時間にこそ意義がある。それだけは間違いない。是非セットでご覧いただき、あらゆる可能性を、揺らぐことのない正義を見出してください。

「シネマ・マリアージュ」の過去記事はこちらから
archive_bunner03.jpg


  • detail_miyazaki.jpg
  • 文=ミヤザキ・タケル
    長野県出身。1986年生まれ。映画アドバイザーとして、映画サイトへの寄稿・ラジオ・web番組・イベントなどに多数出演。『GO』『ファイト・クラブ』『男はつらいよ』とウディ・アレン作品がバイブル。


[放送情報]

空飛ぶタイヤ
WOWOWシネマ 9/22(日)午前8:00
WOWOWシネマ 10/18(金)よる6:45
WOWOWシネマ 10/25(金)午前6:45

デス・ウィッシュ
WOWOWシネマ 9/21(土)よる10:30
WOWOWプライム 9/24(火)深夜2:00
WOWOWシネマ 9/29(日)深夜1:15
WOWOWシネマ 10/28(月)深夜1:40

TOPへ戻る

最新記事

もっと見る

© WOWOW INC.