「愛しのアイリーン」9/22(日)よる10:00他
文=SYO
「目が離せない」とは少し違う。気付くと、目で追っている。
彼は、マザコン漫画家から車好きのヤクザ、平凡なサラリーマンまで、どんな役でも演じる。バイプレーヤーとして常に作品全体のバランスを取りながら、時折タガが外れて主役を完全に食ってしまう。彫刻のように整った顔立ちなのに、変顔ばかりする。黙っているのに面白い。安田顕という役者は、そんな男だ。
変幻自在。そう言ってしまえばそれまでだが、この冠がふさわしい男はジャック・ニコルソンとかロバート・デ・ニーロとかホアキン・フェニックスとか、いわゆるアッパーな演技をする名優たちだ。ヤスケンは、そんなにギラギラしてない。いつだってふわりと、まるで最初からそこにいたかのようにスクリーンに映り込んでいる。大阪のヤクザを演じた『ザ・ファブル』('19)でもスカウト会社の社長に扮した『新宿スワン』('15)でも、強烈な役なのに浮くどころか画面に溶け込んでいる。
上に挙げた名優たちは、圧倒的なオーラで映画を自分に従わせる。ヤスケンは逆だ。映画の世界に徹底的に寄り添い、どこまでも尽くす。「頑張ってます!」とか「楽しいです!」的な役者本人の主張はまるでない。彼はいつだって、ただその場に、役として「いる」。そのたたずまいからは、役の人生だけが滲み出る。まさに明鏡止水。生粋のエンターテイナー(というか割と変態)でありながら、究極の仕事人。彼の存在が、役より前に出ることは絶対にない。
対極にある2本のヤスケン主演映画を、例に挙げてみよう。『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。』('18)と『愛しのアイリーン』('18)だ(ちなみに、ヤスケンの主演映画はこれまで5本。うち4本が2016年以降に製作された。彼がこの数年で大ブレイクしていることが分かるだろう)。
『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。』で演じたのは、ローテンションなバツイチ会社員。帰宅すると"死んだふり"をしている妻(榮倉奈々)に驚かされつつ、ごっこ遊びに付き合う良心的な人物だ。この"リアクション"のバリエーションが実に多彩。
『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。』9/22(日)午前10:15他
©2018「家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。」製作委員会
まずは驚き方だ。ヤスケンの得意技である"死んだ目からの絶叫"が、画面の随所で炸裂する。「ただいまー」からの"死んだふりの妻"発見→スクリームが実にスムーズ。目をかっと見開き「うあああああ」と叫ぶ独特のフォームと、どこか冷めたようなテンションのギャップが笑いを誘う。
『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。』
©2018「家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。」製作委員会
彼が舞台出身ということもあるだろうが、「前方向」の演技(対話の相手に向かって声を飛ばす)ではなく、空間全体に声を飛ばす「全方向」の演技をしてくれるため、カメラは寄る必要がなくなる。表情にフォーカスしなくても、体全部で「驚き」を表現してくれるから、安心して引きで画面を構成できるのだ。血まみれで倒れている妻を見て腰を抜かすシーンは、その好例。ヤスケンは、動きも含めた空間全体の「掌握力」が抜群に高い(故に、脇役で出演する際にはバランサーとしても活躍する)。
さらにはこの応用で「引く」演技も秀逸だ。相手が押せ押せの演技をしてきたら、「スッ...」と身をかわすことでギャップを作り出し、笑いが挟まるポケットを作る。この緩急のテクニックは、注意して観なければ気付かないだろう。しかしそれこそが匠の技。一流は、観客に手の内を悟らせないものだ。
『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。』
©2018「家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。」製作委員会
愛に飢えたパチンコ店員を演じた『愛しのアイリーン』では、この「受け」のバランス感覚をすべて「攻め」へと転じた姿が見られる。『さんかく』('10)、『ヒメアノ~ル』('16)とクズな人間を描く鬼才・吉田恵輔監督のメガホンということもあって既に脳内アラートが出ているかもしれないが、この映画はとんでもなく"やりすぎ"だ。
『愛しのアイリーン』
©2018「愛しのアイリーン」フィルムパートナーズ
寒村でモンスターペアレントの母と暮らす42歳のパチンコ店員・宍戸岩男。鬱屈とした性格だが性欲だけはギンギンで、行き場のない欲動は爆発寸前。具体的に言うと、女性器を叫びながら夜道をダッシュするほどだ(どう考えてもヤバい)。岩男は職場の同僚へのほのかな恋に破れたことからフィリピンに飛び、大金と引き換えに「妻」を連れて帰ってくるが...。
ここからは暴走劇場の開演だ。岩男は、とにかくセックスしたくてしょうがない。己の不運を呪うように、不安や焦燥、孤独を埋めたいがため、発情して発情して発情しまくる。愛の何たるかを知らずに中年になってしまった結果、セックスだけが他人とつながる方法とインプットされてしまった男の、狂気のコミュニケーション。こんな役、ヤスケン以外に誰が演じられるというのだろうか。
『愛しのアイリーン』
©2018「愛しのアイリーン」フィルムパートナーズ
腰を振りまくりながら、ゲロを吐く。路上でいきなり欲情して自慰を始める。「何考えてるんだ!?」と怒り出すか「勘弁して...」と目を背けたくなるような描写の連続。覚悟や勇気なしには到底挑めないキャラクターだが、ヤスケンはそれらをするりとこなしてしまう。だってそれが、岩男にとってのリアルな感情だから。素直な反応で、内から湧き出る衝動で、嘘偽りのない想いから出た行動だから。
ヤスケンにとっては、役者というひとりの人間としての自我なんてものはどうだっていいのだろう。恥や外聞なんていうリミッターは、最初から搭載していないのだ。そのどれも、演じる上では邪魔でしかない。
役としてのみ生きる者、それが「役者」だ。だが実際にその信条を徹底できる人間が、どれだけいるだろう? やはりこの男、底が知れない。
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文=SYO
1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌&映画情報サイト編集者を経て映画ライターに。複数のウェブメディア・雑誌・映画公式サイト等に寄稿するほか、トークイベントにも登壇。Twitter「SyoCinema」
[放送情報]
家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。
WOWOWシネマ 9/22(日)午前10:15
WOWOWプライム 10/11(金)午後2:45
WOWOWシネマ 10/26(土)午前6:00
愛しのアイリーン
WOWOWシネマ 9/22(日)よる10:00
WOWOWプライム 9/25(水)深夜1:00
WOWOWシネマ 10/5(土)深夜2:30
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