「ナチス第三の男」2/24(月・休)よる11:00他
文=ミヤザキタケル
映画アドバイザー・ミヤザキタケルがおすすめの映画を1本厳選して紹介すると同時に、併せて観るとさらに楽しめる「もう1本」を紹介するシネマ・マリアージュ。
第12回は、過去の出来事とはいえ、僕たちにも同じ過ちを犯す可能性が秘められていることに気付かせてくれる『ナチス第三の男』と、いまだ争い事から抜け出せぬ人間の在り方を、真の平和をつかみ取るために模索していかなければならないことを示してくれる『マイル22』をマリアージュ。
『ナチス第三の男』('17)
フランスの権威ある文学賞、ゴンクール賞最優秀新人賞を受賞したローラン・ビネの小説『HHhH プラハ、1942年』の映画化。38歳で暗殺されたナチス最高幹部ラインハルト・ハイドリヒ(ジェイソン・クラーク)が、ハインリヒ・ヒムラーに次ぐ実力者になっていくまでの過程と、彼を暗殺すべく送り込まれたチェコスロバキア亡命政府の若き軍人ヤン(ジャック・オコンネル)とヨゼフ(ジャック・レイナー)の勇姿を通し、過ちと向き合う心と責任を果たすことの価値を描いた作品です。
教科書で目にするような歴史的偉人たちのことを、僕たちはどこか別次元の存在のように感じてはいないだろうか。また、歴史的悪行や大虐殺などを行った人々に関していえば、同じ人間であるなどとは断じて思いたくもないし、理解もできない。しかし、生まれた時代や国や状況が異なるだけで、偉人も悪人も僕たちも、皆同じ人間。ハイドリヒも、2人の若者も同じように泣き、笑い、怒り、喜び、誰かを愛するひとりの人間であったのだということを、この作品は強く実感させてくれるに違いない。
『ナチス第三の男』
©LEGENDE FILMS - RED CROWN PRODUCTIO NS - MARS FILMS - FRANCE 2 CINEMA - CARMEL - C2M PRODUCTIONS - HHHH LIMITED - NEXUS FACTORY - BNPP ARIBAS FORTIS FILM FINANCE.
奇麗事かもしれないが、生まれながらの悪人なんていやしない。生きていく中で迫られる選択のひとつひとつがその人間の歩む道筋を、心の在り方を決めていく。犯した過ちを容認してくれる者たちの甘いささやきに身を委ね、悔やみもせず、反省もせず、自分自身と向き合わぬまま楽な道を突き進んでいくハイドリヒ。そんな彼と相反するかのごとく、国のため、大義のため、より良き未来のため、その身を投げ打ってでも平和をつかみ取ろうと険しい道を突き進んでいくヤンとヨゼフ。時代が時代であったのなら、僕たちは一体どんな道をたどっていたことだろう。今の日本は戦時中ではないため現実感を抱けないかもしれないが、人間の心のメカニズムは大して変わらない。いつだって過ちを犯しかねないし、必ずしも正しい道を歩めるとは限らない。つまりは、選択次第で良くも悪くも同じことをしてしまう可能性を秘めている。ナチスを悪と見なすだけでは、何の解決にも至らない。
『ナチス第三の男』
©LEGENDE FILMS - RED CROWN PRODUCTIO NS - MARS FILMS - FRANCE 2 CINEMA - CARMEL - C2M PRODUCTIONS - HHHH LIMITED - NEXUS FACTORY - BNPP ARIBAS FORTIS FILM FINANCE.
多くの過ちを糧や戒めとすることで一定の平穏を保てている現代ではあるが、争いの火種は今この瞬間にも無数にくすぶり続けている。再び大きな戦争を繰り返すわけにはいかない僕たちは、対話による問題解決を、相互理解の術を確立していかねばならない。が、身近な人とさえ分かり合えなくなってしまうのに、果たしてそんなことなどできるのだろうか。僕たちの世代では無理かもしれない。けれど、この先の未来を生きる者たちがいつの日か果たしてくれると信じたい。だからこそ、手探りであろうとやれることをやるしかない。先人から託されたバトンを後世へとつないでいく役目が僕たちにはある。より良き未来を築いていくために必要なものを、先の世代へと継承していかなければならないバトンが何たるかを、本作は示してくれる。
『マイル22』('18)
『ローン・サバイバー』('13)、『バーニング・オーシャン』('16)、『パトリオット・デイ』('16)に続く、マーク・ウォールバーグ×ピーター・バーグ監督の4度目のタッグによるアクション・サスペンス。東南アジアを舞台に、ウォールバーグ演じるCIA極秘部隊のジェームズ・シルバたちが、危険な放射性物質の行方を知る重要参考人を亡命させるべく、米大使館から22マイル(約35.4Km)離れた空港までの危険な道程を護送していく。そんな彼らの姿を通し、終わることのない争いのメカニズムを映し出す。
『マイル22』2/23(日・祝)深夜0:55
©MMXVIII STX Productions, LLC. All Rights Reserved.
過去に実在した人物を描いた『ナチス第三の男』とは打って変わって、フィクションかつ現代が舞台の物語。ドローンを用いた作戦やSNSなどを通じた個人情報の監視など、今この時代だからこそ起こり得る情報戦やサイバー攻撃などの描写が盛り込まれている。第二次世界大戦以降も各地で紛争が続いており、完全な平和が訪れたわけではない。劇中、シルバが広島と長崎に落とされた原爆に言及するシーンがあるように、描かれている本質はいつの世も変わらぬ人間の在り方や、争い事から生じる怒り・悲しみ・憎しみの連鎖。そして、『ナチス第三の男』という"過去"を通して強く実感できたものがある人なら、『マイル22』という"今" を通して実感できるものもきっとある。銃撃戦ばかりでドラマが希薄に感じられるかもしれないが、争い事から抜け出せず、やったやられたの報復の呪縛から抜け出すことのできない人間の弱さやもろさを、明確な打開策の確立なくして真の平和はつかみ取れないことを本作は描いている。
『マイル22』
©MMXVIII STX Productions, LLC. All Rights Reserved.
平和を守るのではなく、脅威になり得るものを取り除くのが仕事だとシルバは言う。今ある平和を維持するのではなく、これから先の平和をつかみ取るための戦いを彼らはしていたのだと思う。しかし、情報戦で相手の一歩先を行ったり戦闘スキルだけを磨くだけではどうにもならない。そのやり方では、相手側のすべてを討ち滅ぼすことでしか終わりは来ない。それでは真の平和など到底勝ち取れない。理解し合うための術を築けなければ、報復の連鎖からは抜け出せない。当然その答えを描けているはずもないのだが、そういったことに向き合っている作品であると僕は思う。何より、答えを見出さなければならないのは、今この現実を生きている人間だ。
『マイル22』
©MMXVIII STX Productions, LLC. All Rights Reserved.
過去の悲惨な歴史や、悪しき思いにむしばまれてしまう人の心を見つめ、暗闇の中であろうと道を模索し続けていくことの気高さを感じさせてくれる2作品、ぜひセットでご覧ください。
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文=ミヤザキ・タケル
長野県出身。1986年生まれ。映画アドバイザーとして、映画サイトへの寄稿・ラジオ・web番組・イベントなどに多数出演。『GO』『ファイト・クラブ』『男はつらいよ』とウディ・アレン作品がバイブル。
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