2020/03/20 up

第13回 過ぎ去りし青春時代の儚さと愛おしさ

『レディ・バード』3/22(日)よる9:00他

文=ミヤザキタケル

 映画アドバイザー・ミヤザキタケルがおすすめの映画を1本厳選して紹介すると同時に、併せて観るとさらに楽しめる「もう1本」を紹介するシネマ・マリアージュ。

 第13回は、子どもから大人へと変化していく際の繊細な心の機微を綴った『レディ・バード』と、大人になれど、何をもって大人になったといえるのか、どうしたら一歩踏み出すことができるのか、永遠のようでありながらも一瞬のうちに過ぎ去っていく20代の悶々とした時間を描いた『きみの鳥はうたえる』をマリアージュ。

『レディ・バード』('17)

 女優としても活躍するグレタ・ガーウィグの自伝的要素を盛り込んだ単独監督デビュー作。家族・友情・恋・将来に思い悩む17歳の女子高校生、自称"レディ・バード"ことクリスティン(シアーシャ・ローナン)の姿を通し、子どもから大人へ変化していく過程、離れてみないと気が付けない家族や故郷のありがたみを描いた作品です。

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 誰にも等しく訪れる17~18歳という時間。自分は何者にでもなれると信じて疑わず、親や教師の言葉が耳障りに聞こえて仕方がなかった。だが、どれだけ強がったところで、しょせんは親の存在なくして生きることができなかった時間。肉体的には大人と遜色ないが、精神的にはまだまだ未熟なままで、そのギャップを埋めようと手探りでもがいていた時間。家族のしがらみや友人関係、恋愛や将来への不安など、さまざまな葛藤を抱えるクリスティンの姿を目にすれば、きっとあの頃の自分と、あの頃抱えていた想いと再会できることだろう。

detail_200320_photo02.jpg『レディ・バード』
© 2017 Interactivecorps Film, LLC. All Rights Reserved.

 離れてみて初めて気が付ける親の愛や親への感謝。大人になれば、人の親になれば、否が応でも身にしみる。とはいえ、10代の間は、親に守られているのが当たり前のうちは、その苦労もありがたみにも気が付けない。何事においても言えることだが、今ある日常を「当たり前」のものと感じている以上、そこに価値は見いだせない。どんなに嫌なことがあっても、家に帰れば家族がいた。いつだって見守っていてくれて、何か起きれば体を張って守ってくれた。クリスティンもまた、周囲の人々に守られ、まだ多くの責任を背負わずにいられた。大人になってから、そんな時代に戻りたくとも戻れないのは、年齢を重ねているのはもちろんのこと、既にあまたの責任を背負ってしまっているからに他ならない。また、人によっては守られる側から守る側に転身しているし、無条件に愛情を注いでくれる大切な存在がもう身近にいない場合もあり得る。

detail_200320_photo03.jpg『レディ・バード』
© 2017 Interactivecorps Film, LLC. All Rights Reserved.

 親の存在がどれだけ偉大で、故郷があることがどれだけ安心できることなのか、まだ乏しい人生経験の中で懸命にあがいていたあの頃の僕たちは知らなかった。親子関係や家庭環境は人それぞれに異なるけれど、劇中のクリスティンらを目の当たりにすれば、かつて過ごした日々が、家族・友人・先生たちとのつながりや思い出が鮮明に甦る。僕らは一体どのようにして大人になったのか。子どもから大人へと至るまでの過程で生じる繊細で危なっかしくて不安定な心の機微を、儚くも忘れ難い人生の刹那をとても丁寧に描くこの作品は、あの日踏みしめた大人の階段の一歩目を思い出させてくれるはず。


『きみの鳥はうたえる』('18)

 映画化された『海炭市叙景』('10)、『そこのみにて光輝く』('14)、『オーバー・フェンス』('16)などで知られる佐藤泰志の同名小説を、柄本佑、石橋静河、染谷将太ら若手実力派俳優の共演で映画化。北海道を舞台に、当てもなく日々を過ごす若者たちのひと夏を通し、永遠のように感じられた永遠ではない日々を映し出す。

 『レディ・バード』を観たのなら、あなたの心はきっと満たされていることだろう。これから新たな世界へ羽ばたこうとしているクリスティンの気持ちと同調し、親への感謝も強く抱くことができ、一種の達成感すら得られているかもしれない。が、誰しもがその身をもってご存じの通り、生きている限り人生は続いていき、大人になれば、また新たな荒波にもまれていく。何かを乗り越えることができたのなら、また新たな壁や障害が現れる。人生は絶えずその繰り返し。一時的な高ぶりなど、いともたやすく折られてしまう。そうしてなかなか乗り越えることのできない日々をさまよい続けているのが本作の登場人物たち。

detail_200320_photo04.jpg『きみの鳥はうたえる』3/26(木)午後2:50他
©HAKODATE CINEMA IRIS

 20代を迎え、人生が順風満帆に進んでいく人もいれば、そうじゃない人もいる。むしろ、後者がほとんど。社会という広大な世界へ身を投じ、明確な答えが存在しない人生の中で自分だけの歩むべき道を見いだしていく。すんなり自分の道筋を見極められれば良いが、自分がどうしたいのか、何をすべきなのかをうまく見極められなければ、足踏みを余儀なくされる。今まさにその境地にいる人ならば、一見自堕落とも思える本作の若者たちの日常に共感できる何かがあると思う。また、その境地をいかなる形であれ乗り越えられた人ならば、あのずっと続くようで限りある日々を、時には地獄のようにも天国のようにも思えたあの時間を、懐かしんだり尊ぶこともできるだろう。

detail_200320_photo05.jpg『きみの鳥はうたえる』
©HAKODATE CINEMA IRIS

 やがて花は枯れるし、音楽は鳴り止む。夏は終わるし、人の心は良くも悪くも揺れ動く。変わらないものや終わらないものは、この世界においてはまれ。20代も後半に差し掛かれば、それまで生じることのなかった責任やリスクが付きまとう。今のままでいたくとも、そういうわけにはいかなくなっていく。変化を拒み意地を張ることもできるが、何かしらのひずみはどうしたって生じるもの。何事にも必ず終わりはやって来る。訪れた変化を前にどう反応・対応・適応・反発するのか。その一挙手一投足の蓄積が自分という人間を形作っていき、どんな形であれ、いつの日か壁を乗り越えられる時がやって来る。大人になったらなったで、今度は自分という人間を磨く時間が必要になってくる。彼らに訪れる至福の時間と大きな変化が、20代という時間の特異性を感じさせてくれると思います。

detail_200320_photo06.jpg『きみの鳥はうたえる』
©HAKODATE CINEMA IRIS

 10代と20代、子どもと大人、さまざまな変化に直面していく登場人物たちの姿は、観る者の心を突き動かし、自分の過去・現在・未来について思い巡らせる時間を与えてくれる。ぜひセットでご覧ください。

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  • 文=ミヤザキ・タケル
    長野県出身。1986年生まれ。映画アドバイザーとして、映画サイトへの寄稿・ラジオ・web番組・イベントなどに多数出演。『GO』『ファイト・クラブ』『男はつらいよ』とウディ・アレン作品がバイブル。


[放送情報]

レディ・バード
WOWOWシネマ 3/22(日)よる9:00
WOWOWシネマ 4/9(木)午後5:15

きみの鳥はうたえる
WOWOWシネマ 3/26(木)午後2:50
WOWOWプライム 4/17(金)午後5:10

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