「ギャング・オブ・ニューヨーク」 4/24(金)午後4:00他
文=松崎健夫
映画ファンの間で「映画のエンドロールは観る派?観ない派」との議論が、SNS上で起こったことがある。賛否両陣営による様々な意見が飛び交っていたのだが、ことさら『ギャング・オブ・ニューヨーク』(02)という作品に関しては「観るべき」というのが筆者の見解だ。19世紀半ばのニューヨークを舞台に、縄張り争いを繰り広げるアイルランド移民とアメリカ生まれの人々との抗争を描いたこの映画のエンドロールには、監督であるマーティン・スコセッシの作品意図が込められている。そして、作品をより理解するための「生ける証人」にもなっているのだ。
『シカゴ』(02)が作品賞に輝いた第75回アカデミー賞で、『ギャング・オブ・ニューヨーク』は作品賞や監督賞、主演男優賞や脚本賞などの主要部門を含んだ10部門でのノミネートを果たした対抗馬だった。しかし、結果は惨敗。ひとつの部門も受賞に至らなかったのだ。当時のマーティン・スコセッシ監督と主演のレオナルド・ディカプリオは、「アカデミー賞に縁がない人物」と評されていた。スコセッシは本作が4度目の監督賞候補になった作品だったが受賞には至らず、後に6度目の候補となった『ディパーテッド』(06)で念願のアカデミー監督賞を受賞している。
一方、本作のレオナルド・ディカプリオは候補にすらならず、主演男優賞のノミネートは仇役を演じたダニエル・デイ=ルイスに譲っている。この映画のタイトルは映画冒頭ではなく、エンドロールと共に登場するのも特徴のひとつだが、クレジットを確認すると、レオナルド・ディカプリオ、ダニエル・デイ=ルイス、キャメロン・ディアスの順に登場していることが判る。つまり、この映画の主役は(誰がどう見ても)ディカプリオなのだ。アカデミー賞におけるディカプリオの不遇は本作に始まったことではなく、例えば、アカデミー作品賞に輝いた『タイタニック』(97)や『ディパーテッド』でも候補から漏れている。共演者であるケイト・ウィンスレットが主演女優賞候補、グロリア・スチュアートが助演女優賞候補、マーク・ウォルバーグが助演男優賞候補になっているだけに、ディカプリオに対する不遇が増している感もある。
©2002 Miramax Film Corporation.All Rights Reserved Initial Entertainment Group.
アカデミー賞では、『ネットワーク』(76)のピーター・フィンチや『羊たちの沈黙』(91)のアンソニー・ホプキンスなど、登場シーンの割合や物語上の重要度から「本来であれば助演ではないか?」と囁かれた俳優たちが候補となり、主演男優賞を受賞したという過去の事例が存在する。本編を観れば、ダニエル・デイ=ルイスの役作りに圧倒され、候補となる由縁も理解できるのだが、ハリウッドの映画仲間たちから"主演"と認められなかったディカプリオは、やはり不憫に思えてしまう。『ギャング・オブ・ニューヨーク』をきっかけに、ディカプリオはマーティン・スコセッシ監督作品の常連となり、スコセッシにとってもスター俳優と組むことで製作費の裏付けを得るというWIN-WINな関係を構築してゆくこととなった。しかし、ディカプリオが『レヴェナント:蘇えりし者』(15)でアカデミー主演男優賞に輝くのは、本作から13年後のこと。第88回アカデミー賞まで待つことになるのだ。
『ギャング・オブ・ニューヨーク』で描かれているのは、アメリカにおける"闘いの歴史"だ。その歴史は、ある組織・集団による支配から、己の自由を勝ち取るための"闘いの歴史"でもある。暴力と暴力がぶつかり合い、より強い暴力に対する恐怖が人々を支配する。そこで暗躍するのが"ギャング"の存在だ。マーティン・スコセッシ監督は、『グッドフェローズ』(90)や『カジノ』(95)などでも"ギャング"の姿を描いてきた。暴力に対する恐怖が市井の人々を支配するという社会構造を、南北戦争が勃発して2年が経過した19世紀初頭のニューヨークを舞台にすることで、「内戦は南北戦争だけではない」と、知られざる歴史の断片を描いて見せていることも判る。
映画冒頭、父から子へと剃刀が"継承"される場面がある。剃刀は暴力の象徴だが、同時に "継承"は、この映画の重要なモチーフのひとつ。父親を殺された主人公・アムステルダムが抱える怨念の源であり、また、現代社会に暮らす我々が「忘れてはならないもの」としても機能していることを窺わせるのだ。そもそも『ギャング・オブ・ニューヨーク』は、第74回アカデミー賞のノミネーションを狙うため、2001年の年末に公開されるはずだった。しかし、同年9月11日に起こったアメリカ同時多発テロ事件によって、公開が翌年まで延期されたという経緯がある。そのため、本作のエンディングには、監督による新たな意図が追加されているのだ。
©2002 Miramax Film Corporation.All Rights Reserved Initial Entertainment Group.
"継承"の象徴である剃刀を、ニューヨークの街並みが見える対岸の墓地に埋めるラストシーン。街並みは徐々に変化し、近代の街並みへ姿を変えてゆく。かつて行われた"闘い"は風化し、人々の記憶から忘れ去られたかのように思わせる演出だ。そして最後に、"ツインタワー"と呼ばれたワールドトレードセンターが、マンハッタンの摩天楼に姿を現す。アメリカ同時多発テロ事件の標的となって瓦解し、この映画が公開された2002年には存在しない建物である。約150年前の時代を描いた『ギャング・オブ・ニューヨーク』の出来事が語り継がれることなく、いつしか風化したように「テロとの戦いも150年後には風化するのだろうか?」そんな不安と憤りが、ラストに込められているのだ。
本作のクライマックスで描かれている暴動。「復讐はさらなる復讐を生む」という復讐の連鎖は、映画の公開が2002年に延期されたことで、奇しくも"テロとの戦い"にも通じるメッセージを内包させることとなっている。"僕らの この手が アメリカを築いた"と、エンドロールに流れる「The Hands That Built America」を歌うU2が、アイルランド出身のロックバンドであることにも意図があり、そして、音楽が止み、やがて(現代の)ニューヨークの街の雑踏音が聴こえてくるという演出にも意図がある。『ギャング・オブ・ニューヨーク』のエンドロールには様々なメッセージが込められているのだ。そこに横たわるのは、"継承"である。暴力の連鎖を繰り返さないためにも、教訓を未来へ語り継ぐことを忘れてはならない、と。
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文=松崎健夫
映画評論家。東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。テレビ・映画の撮影現場を経て、映画専門の執筆業に転向。
『WOWOWぷらすと』『japanぐる~ヴ』『ZIP!』など、テレビ・ラジオ・ネット配信番組に出演。『キネマ旬報』『ELLE』『FINDERS』、映画の劇場用パンフレットなどに多数寄稿。
[放送情報]
ギャング・オブ・ニューヨーク
WOWOWプライム 4/24(金)午後4:00
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