『記者たち 衝撃と畏怖の真実』4/10(金)午後5:15他
SDGs(Sustainable Development Goals)とは、2015年9月の国連サミットにて全会一致で採択された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す17の国際目標。地球上の「誰一人取り残さない(Leave No One Behind)」ことを誓っている。
フィクションであれ、ノンフィクションであれ、映画が持つ多様なテーマの中には、SDGsが掲げる目標と密接に関係するものも少なくない。たとえ娯楽作品であっても、視点を少し変えてみるだけで、我々は映画からさらに多くのことを学ぶことができる。フォトジャーナリストの安田菜津紀が、映画をきっかけにSDGsを紹介していき、新たな映画体験を提案するエッセイ。第1回は、ロブ・ライナー監督による実録映画『記者たち 衝撃と畏怖の真実』('17)から「目標10:人や国の不平等をなくそう」について考える。
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安田菜津紀
神奈川県出身。1987年生まれ。フォトジャーナリスト。東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)ほか。
文=安田菜津紀
この映画は9・11アメリカ同時多発テロから始まる
2001年9月11日、当時私は中学3年生でした。いつもと変わらない夜、ふとTVをつけた瞬間に、崩れ落ちる巨大なビルの映像が映し出されました。何の映画の宣伝だろう、と最初は何げない気持ちで眺めていました。それが決して架空の画ではないと気が付くまで、時間を要したのを覚えています。『記者たち 衝撃と畏怖の真実』は、この事件から始まっていく映画です。あの同時多発テロ事件が世界の転換点の一つだったように、ジャーナリズムにとっても試練の時だったことが描かれています。今思えば私にとっても、ジャーナリストを志すきっかけの一つだったかもしれません。
同時多発テロの首謀者は、アルカイダのオサマ・ビン・ラディンだとして、アメリカはアフガニスタンに報復攻撃を開始。当時の私には、その2年後の'03年、なぜイラクにまでアメリカの攻撃が及んだのかと少し唐突に見えました。けれどもその流れは秘密裏に、そして着実に作られていたことがこの映画からうかがえます。
'03年3月、イラク戦争が始まった時、私は高校生になっていました。どのチャンネルをつけてみても、乾いた大地と迷彩服が目に飛び込んできます。海の向こうで起きていることに、あの時なりに想像力を働かせようと試みました。けれどもどうしても、実感が湧かないのです。TV越しに伝わってくる光景があまりにも理不尽だからこそ、これが本当に現実なのかと目を疑ってしまったのかもしれません。
この映画を観ながら、私は何度も「ちょっと待ってほしい」と叫びたくなりました。そもそもサダム・フセイン政権はいつから、米国にとっての「悪魔」となったのだろうか、と。
©2017 SHOCK AND AWE PRODUCTIONS,LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
少し時をさかのぼってみましょう。'80年に始まったイラン・イラク戦争の終盤、サダム・フセイン政権はイラク国内の少数派であるクルド人を虐殺し続けました。隣国イランがイラクに揺さぶりをかけるため、彼らを支援していたからです。5,000以上の村々が破壊され、犠牲になった人々は18万人にも上るとされています。イラン国境に接するハラブジャの街では、サリン系の化学兵器が使われ、約5,000人の命が奪われました。
けれども欧米諸国は、サダム・フセインたちの暴虐に沈黙を貫いていました。親米政権が覆されたイランの「イスラム革命」を受け、欧米諸国はその革命が周辺国に波及することを恐れていたのです。だからこそイラクのサダム政権側に肩入れしてその"余波"を食い止め、そして戦後の「復興特需」で得られる利益を狙ったのです。こうして、サダム政権を防波堤代わりにすることで、クルド人への虐殺は見過ごされてきました。
イラクの街を訪れて肌で感じ取ったもの
ハラブジャは私も取材で訪れている街です。化学兵器によって24人の家族を失った男性はこう語ります。「アメリカほどの大国だ。その気になれば止めることができたろう。だが、止めたくなかったから繰り返されたのだ。彼らの自国の利益が、われわれの人命を上回ったのだよ」。
イラク戦争は大量破壊兵器や化学兵器の恐怖をあおりながら開戦へと至った戦争です。わずか15年前に、サダム・フセインが化学兵器を使用したことを黙殺し、欧米列強の利益のために利用したことは記憶の彼方に消え去っているかのように。
けれどもそんな事実を淡々と伝えたところで、当時の米国でどれほどの人々が耳を傾けたでしょうか。映画の中でも、同時多発テロ後、星条旗が売り切れる店舗が続出する様子が映し出されています。それは当時のニュースで私が目にした光景とも重なるものでした。星条旗が至るところではためき、人々が皆、同じ方向を見つめ、同じ姿勢で国家を歌い上げる、あの光景です。人々が過度に同じ方向を向く様子が、高校生ながらに怖かったのを覚えています。この映画では、そんなある種の"熱狂"にあらがう、新聞社「ナイト・リッダー」の記者たちが孤軍奮闘する様子が描かれています。
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『記者たち 衝撃と畏怖の真実』で考えるジャーナリズムの在り方
巨大な力と不正にあらがうのは、ただでさえ簡単なことではありません。権力は常に、不都合を隠そうとするからです。ましてやあの熱狂の渦の中、忖度せずに記事を書き続けるのは容易なことではなかったでしょう。「ニューヨーク・タイムズ」や「ワシントン・ポスト」などの大手新聞社でさえ、「大量破壊兵器」など、政府が掲げる戦争の大義名分を散布し続けていた時でした。ナイト・リッダー社は、通信社としての機能も持った中堅の新聞社です。傘下の地方新聞社も、戦争の根拠に疑問を投げ掛け続けるナイト・リッダー社の記事を掲載したがりませんでした。読者が離れていくことを恐れたのです。メディアはこうして、"売れる"ジャーナリズムへとかじを切ろうとしていました。そんな中でも、あらゆる圧に動じず指揮を執ったナイト・リッダー編集局長のジョン・ウォルコット(ロブ・ライナー)は、「政府の広報機関に成り下がりたいのなら、そうさせておけ」と他紙を一蹴し、現場の声を拾い続ける記者たちを鼓舞し続けました。「嘘の世界に生きる人間は、現実を無視できるからな」。彼の発するひと言ひと言に、あの時のジャーナリズムに欠落していたあらゆるものが凝縮されていました。
広報機関に成り下がったメディアと、孤独な闘いを続けたナイト・リッダー社、どちらが正しかったのかは、後に証明されることになります。大量破壊兵器は、イラク中探したところでどこにも見つからなかったのです。けれども世界がそれに気が付いたときにはもう、手遅れでした。元従軍記者でジャーナリストのジョー・ギャロウェイ(トミー・リー・ジョーンズ)が劇中で語った「政府の失敗は兵士があがなう」という言葉に加えて、この映画を観た人々にもう一つ、思いをはせてほしいことがあります。
イラク戦争自体の犠牲はもちろん、駐留していた米軍が'11年に撤退し、「力の空白」を生じさせたことで、過激派組織「イスラム国(IS)」の台頭を招いたことはこれまでも度々指摘されてきました。100万人という命が、根拠のない戦争とその後の混乱の中で奪われ続けているのです。それも、現在進行形で。「ねえ、戦争が始まるとね、僕たちはチェスの駒なんだ。チェスは駒ばかりが傷ついていく。駒を動かす人は決して、傷つかない」。イラク人の友人が私に語ってくれた言葉が、この戦争の構造を物語っていました。
私はこの映画を観て、記者たちを英雄視してほしいとは思いません。むしろ本来は争いとは全く関係のないはずの人々が巻き込まれ続けている現実にこそ、思いを至らせてほしいと思うのです。
映画の中では、現在大統領候選を争う民主党のジョー・バイデンをはじめ、今も政治の表舞台に立ち続けている政治家や政府関係者たちが、イラク戦争を支持していたことがうかがえます。その責任を問われるのは果たして、アメリカ国内の政治家だけでしょうか。イラク戦争で真っ先に米国支持を打ち出し、そして自衛隊を派遣した国があります。その国ではイラク戦争への関わりについて、当時の首相や外務大臣への聞き取りさえされず、たった17ページの簡素な報告書がまとめられたのみでした。それが、私が今暮らす、日本なのです。ある時、イラクでひとりの女性にはっきりと言われたことがあります。「今のイラクの混乱があるのは、イラク戦争があったからでしょう。あの時、アメリカの姿勢を追った日本に責任はないのでしょうか?」
『記者たち 衝撃と畏怖の真実』からひもとくSDGs
この映画からSDGsの目標「10:人や国の不平等をなくそう」について語りたいと考えたのは、経済力や軍事力のある国が、そうではない国の人々の命を理不尽にもてあそぶことがあってはならないというメッセージを強く込めたかったからです。そしてSDGsを伝える連載で、この映画を最初に選んだのには理由があります。ジャーナリズムが正常に機能することが、世界がより良い方向へと進む礎になると思っているからです。過酷な戦争、飢餓や貧困、ジェンダー平等や環境問題など、社会の中で何が問題とされているのか、それが多くの人々に共有されなければ、解決のための声をあげることさえできません。そのためにはウォルコット氏が語るように、時には適切に"疑う"ことが求められます。SDGsを進めようとする国連でさえ、サダム・フセイン政権時代、「石油・食料交換プログラム」を通して汚職が横行し、プログラムを管理していた国連事務次長の関与疑惑が発覚しています。国連が調査協力を拒否したために、今に至るまで全貌は明らかにされていません。
『記者たち 衝撃と畏怖の真実』で戦争と権力の関係性に興味を持った方には、同じ問題を描いた『バイス』('18)を観ることをお勧めしたいと思います。ホワイトハウスの小部屋で、自身の上昇志向や私欲のために下された決定が、他国で何千、何万の命を奪っていく。その政治の愚かさが、皮肉たっぷりに描かれています。"私たち"の政治への無関心を問う、心に強烈なパンチを繰り出すようなラスト・シーンも見事なものでした。
『バイス』4/10(土)午後3:00
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