2019/09/24 up

コメディの才能を引き出す天才かよッ! 三木聡監督の女優プロデュース力

「音量を上げろタコ!なに歌ってんのか全然わかんねぇんだよ!!」9/27(金)よる9:00他

文=森直人

 「声小さっ!」「聞こえませーん!」
吉祥寺でのストリートライブで、集まった聴衆から罵声を浴びせかけられるバンド・ボーカルのふうか(吉岡里帆)。自信がなくて内気な彼女は、強めの主張が必要な路上で歌っているくせに、恥ずかしくてデカい声が出せない。そんな折、「音量を上げろタコ!」と全力でダメ出しをかます、カリスマ的なロック・スターのシン(阿部サダヲ)と運命の出会いを果たす...。

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 その名も『音量を上げろタコ! なに歌ってんのか全然わかんねぇんだよ!!』('18)というやたら長いタイトルの映画の主人公である、声が異様に小さいストリート・ミュージシャンの女の子。この特異なヒロイン像を創造したのは奇想天外なコメディの天才、三木聡監督だ。

 もともと放送作家として『ダウンタウンのごっつええ感じ』('91~'97)など数々の伝説のバラエティ番組に参加していた彼の映画は、シュールな脱力とハイテンションが珍奇な配合で入り交じる、恐ろしく緻密な計算で構築された独特の世界。巷では"小ネタの鬼才"とも呼ばれ、「焼売になぜグリーンピースを乗せるか知ってる? 数をかぞえやすいようにだよ!」(カーリーヘアーのカツラを装着した松尾スズキ扮する"ザッパおじさん"のセリフ)など、くだらないギャグからこだわりのディテールまでハンパない情報量が詰め込まれる。

detail_190924_photo02.jpg『音量を上げろタコ!なに歌ってんのか全然わかんねぇんだよ!!』
©2018「音量を上げろタコ!」製作委員会

 こういった三木聡ワールドの中から立ち上がってくる、もうひとつの卓越点には「女優プロデュース力」が挙げられるだろう。三木作品のど真ん中にぶっ込まれた女優は、みんな演出スタイルとの化学反応が起きて新たなコメディエンヌとして光り輝くのだ。

 とりわけ『音量を上げろタコ!~』は、主演の吉岡里帆を観るための映画と断じても過言ではない。AC/DCやKISSのロンTを普段着や寝間着で着用しているキュートな姿から、やがて"ライク・ア・ローリング・ストーン"な怒濤の運命の中で覚醒していく魂の熱量。

 吉岡里帆といえば、等身大のナチュラルな役柄のイメージが強いが、ここで発揮されているのは"ヘンな魅力"。それは彼女の新境地でありつつ、同時に吉岡がブレイク前に出演したインディペンデント映画『イルカ少女ダ、私ハ。』('14)のイルカ少女役のオフビート感を想起したりもする。本作の後半は韓国に舞台を移すのだが、内気女子の心も映画のトーンもだんだん本気(マジ)になる。あいみょん作詞・作曲による「体の芯からまだ燃えているんだ」を吉岡がエモーショナルに歌いこなすクライマックスは圧巻!

detail_190924_photo03.jpg『音量を上げろタコ!なに歌ってんのか全然わかんねぇんだよ!!』
©2018「音量を上げろタコ!」製作委員会

 さて、この「女優プロデュース力」という点でもまず必見の三木作品が『インスタント沼』('09)だ。主演は麻生久美子。『音量を上げろタコ!~』では怪しげなアンダーグラウンドの女医役を、人気テレビ・シリーズ『時効警察』('06)ではヒロインの三日月しずか役を務めており、三木聡ワールドではお馴染み。ここで彼女が演じるのは、やはり数奇な運命を辿るハナメ。最初は雑誌編集者として登場するが、担当していた雑誌が休刊になったことで出版社を退職。好きな男にもフラれ、人生の夏休み状態に陥った彼女は、まだ見ぬ実の父親を訪ねる旅に出ているうち、いつしか骨董品屋に...。

detail_190924_photo04.jpg『インスタント沼』9/27(金)深夜2:30他
© 2009「インスタント沼」フィルムパートナーズ

 冒頭から和服や特攻服、セーラー服まで、ここでの麻生は着替えまくり。メインの衣装は「les Briqu'a braque(レ・ブリカ・ブラック)」や「MATRIOCHKA(マトリョーシカ)」を手掛けるデザイナーの山瀬公子が担当。ヴィンテージ・クローズやリメイクを根幹とする山瀬の衣装と、ハナメが骨董品屋になっていく展開は有機的につながっており、やがて「ある人にとってはゴミでも、ある人にとっては宝物である」という再生利用の価値観の発見に至っていく。

detail_190924_photo05.jpg『インスタント沼』
© 2009「インスタント沼」フィルムパートナーズ

 三木聡ワールドはいつも浮世のコードを逸脱するマジカル・ミステリー・ツアーだ。我々の常識とされているものを一旦対象化することで、物事には別の見方があるという"気づきの哲学"を得る。そうやって解放されていく本作での麻生久美子のたたずまいを、『音量を上げろタコ!~』の吉岡里帆はどこか引き継いでいる印象がある。

detail_190924_photo06.jpg『インスタント沼』
© 2009「インスタント沼」フィルムパートナーズ

 以上の2作に加え、内田有紀が主人公の青年(亀梨和也)を不条理な世界に引き込む謎の女性を怪演した『俺俺』('12)も観れば、もうすっかり三木聡の不思議な世界と"女優プロデュース力"にハマっているはずだ。『イン・ザ・プール』('05)の市川実和子(強迫神経症のルポライター役)や『ダメジン』('06)の市川実日子(寂れた靴屋のバイト女子役)も絶品の"ヘンな魅力"。今回の放送分の他にも、上野樹里主演、蒼井優共演の『亀は意外と速く泳ぐ』('05)や、小泉今日子&吉高由里子共演の『転々』('07)といった傑作など、どんどん三木聡ワールドを女優とともに深掘りしていってほしい。

detail_190924_photo07.jpg『俺俺』9/27(金)よる7:00
©2012 J Storm Inc.

detail_190924_photo08.jpg『ダメジン』9/27(金)よる11:00
©GMアーク

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  • 文=森直人
    1971年和歌山生まれ。著書に「シネマ・ガレージ」など。近刊「フィルムメーカーズ 大林宣彦」(宮帯出版社)にも執筆参加。

[放送情報]

俺俺
WOWOWシネマ 9/27(金)よる7:00


音量を上げろタコ!なに歌ってんのか全然わかんねぇんだよ!!
WOWOWシネマ 9/27(金)よる9:00
WOWOWプライム 10/1(火)よる8:00
WOWOWシネマ 10/8(火)午後2:45


ダメジン
WOWOWシネマ 9/27(金)よる11:00


イン・ザ・プール
WOWOWシネマ 9/27(金)深夜0:45
WOWOWプライム 10/11(金)午後4:45


インスタント沼
WOWOWシネマ 9/27(金)深夜2:30
WOWOWシネマ 10/23(水)午前6:45

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